クロッキー F 美術館

第2章 本物そっくりのデッサン
鉛筆デッサンの手順

1 はじめに
 目的は、人体を本物そっくりに描くことです。デッサンの技術を知らない人から「すごいですね」「本当に上手ですね」「私もあなたのように描きたい」と心から賞賛されることです。この目標は間違ってません。しかし、これはあなたの感覚や感情とは無縁の芸術(技術)であり、標準レンズで撮影した白黒写真と同じ結果になることを忘れてはいけません。描く時間はとくに制限しませんが、2時間〜12時間といったところでしょうか。

2 画材を準備する
 鉛筆や紙などの画材は、よほど粗悪なものでなければ大丈夫です。いくつかのメーカーで試し、お気に入りを見つけて下さい。鉛筆の硬さは、JIS(ジス、日本工業規格)では9H〜(H)〜6Bの17段階に分けられていますが、ヨーロッパでは21段階(表1)です。手始めは、2Hから6Bまでの硬さのものを4、5種類(4、5本ずつ)準備すれば十分でしょう。紙もいろいろな種類がありますが、一般的な画用紙で十分です。高価な水彩用画用紙は、表面の凹凸が大き過ぎるので、鉛筆による細密な表現には適していません。大きさはデッサンの時間に合わせますが、木炭紙(650×500)よりやや大きめが良いでしょう。鉛筆の先は細いので、描き込もうとすると筆の何倍も時間がかかります。消し具は、プラスチック消しゴムだけでなく、形を自由に変えられる練り消しゴムも用意して下さい。

表1 ヨーロッパでの鉛筆の硬さの表記

9H・・・・・3H・2H・H・F・HB・B・2B・3B・・・9B・10B
硬  い ← ・・・・・・・ (中間) ・・・・・・ → 柔らかい
明るい ← ・・・・・・・ (中間) ・・・・・・ → 暗 い
薄 い ← ・・・・・・・ (中間) ・・・・・・ → 濃 い

3 モデルを見る位置を決める
 これはとても重要な作業です。イーゼルを立てる前に、いろいろな位置からモデルを見て下さい。遠近感を感じるだけでなく、人体の主要ポイントが見える位置を探します。実は、モデルが本物らしく見える位置、デッサンらしく見える位置は決まっています。私は写真を撮る時、カメラの位置をピンポイントで決めます。厳密に計算したり感じたりしながらフレーミングします。鉛筆を使うデッサンでも同じように、1cmの違いで大きな違いが出ることを理解して下さい。あなたの背筋を良くするだけでも、劇的に変わります。違いが出るということは、位置を決めた時点で『最終的な作品の価値が決定する』ということです。

 初心者の場合、奇抜な位置や見慣れない位置から描いたものは、どんなに正確に描いても誉められることはないでしょう。古典的なオーソドックスな位置を確保すること、それが最重要課題の1つです。このような位置が分かった時、つまり、本物らしく見えるポイントが分かった時、あなたのデッサンは半分できた、と言えます。

4 あなたは絶対に動けない
 場所を決めたら、モデルとあなたは絶対に動いてはいけません。1cm動くだけでデッサンが狂います。その違いがわからない人は、『1cm違い分るようになることがデッサンの目的の1つ』であることを理解して下さい。もちろん、モデルもあなたも生きていますから、完全に静止し続けることは不可能です。「動くことを承知の上で描くところにデッサンの醍醐味がある」と言う人もいますが、動いているもの正確に描く技術は『完全を求めるデッサン』とは違います。それを認めると、素早く動く人やダンスしている人を描いても「デッサン」になり、短時間で正確に描くクロッキーとの区別ができなくなります。さらに、カメラの高速シャッターで初めて明らかにされる動きまでデッサンできることになり、もっと言えば、画家が動きながらデッサンしても良いことになります。デッサンと長時間の完全静止は、切り離すことができません。

5 長方形の画面に入れる
 3、4と平行して、紙の縦横を決めます。これは単純なようで難しい問題です。初めは、デッサンスケールを使うとよく分ると思いますが、奥行きがあるポーズでよく失敗をします。モデルを良く見て、長方形の画面に対して、できるだけ一杯になるように配置します。『絶対に切れてはいけない部分』と『少し切ったほうが良い部分』があります。例えば、片足が切れても、残された足やもう片方の足で『切れた部分』が十分に想像できるなら、切ったほうが大きさを感じる良いデッサンになります。不自然に感じなければ良いのです。

6 立体的な空間やモデルを、平面的に見る
 モデルは3次元空間(立体)に存在しますが、あなたが描こうとするものは2次元空間(平面)です。したがって、初めに行う作業は、モデルを平面的に見ることです。そのために、あなたが持っている人体に関する知識や経験をすべて捨てて下さい。人体は平面として写っています。あなたが行う作業は、重要なポイントを見つけること、そして、重要なポイントの位置を紙に写すこと、ポイントとポイントが作る角度を見て、画面へ写すことです。繰り返しますが、この段階では、あなたの目に写っているのは、長方形に切りとられた2次元です。奥行きがない世界です。正確に写すことができれば、この時点で透視図法としての遠近感が表現できています。おめでとうございます!

7 各ポイント奥行き関係を、平面上に描く
 6の作業を終えたら、次に、光による奥行き感を描きます。それは、明暗(陰影)の付け方、グラデーションです。試しに、分厚いカーテンをしめ、部屋の電気を全て消しましょう。何も見えませんね。次に、真正面から光を当てましょう。完全に均一な光線を当てた場合、物体は立体的に見えません。私たちの目は光によって立体感を感じているからです。コマーシャルの無影撮影が現実離れして見えるのはこのためです。また、そもそも私たちが持っている2つ目は、本当に奥行きを見ているのかというと、実は違います。網膜に写ったものを大脳で計算し、日常生活をしながら問題が起きないように計算しているに過ぎません。

8 6と7を平行して進める
 初心者のうちはを切り離して行いますが、慣れてくると同時に行えるようになります。しかし、どれほど上達しても、の順序であることは基本です。上手く行かない時は基本へ戻りましょう。

9 まとめ(見ることの重要性)
 繰り返し伝えたいことは、『描く場所』とモデルを『平面的に見ること』の重要性です。初心者は描くことばかりに気をとられますが、それが初心者たる所以ゆえんです。見る場所を選ぶことと、見ることが大切です。描く技術より、見る技術を磨くことが重要です。デッサンの結果は描く前に出ています。描く前に見ることができる人は、結果としての自分の作品も見ることができます。絵画は見ることに始まり、見ることに終ります。見るポイントは、別ページで解説します。

画材を準備する 描く場所を決める
※クロッキーは場所を選びません
モデルを平面的に見る 平面上にモデルを描く

2010年3月26日公開

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