クロッキー F 美術館

第6章 美術モデルのためのお話
固定とクロッキー、ポーズの本質的な違い

1 「身体は束縛されているけれど、心は自由なのよ」
 女性モデルrは、固定ポーズをしているときの心境を「身体は拘束されているけれど、心は自由なのよ」と私に教えてくれました。

 彼女は2001年3月、私の個人モデルとして活動を始めましたが、しばらくして美術大学で固定モデルの仕事も始めました。そして、長時間同じポーズを続ける彫刻モデルの仕事をしていると聞き、私はその労をねぎらおうと声をかけたのです。確かに、関節や筋肉が傷む肉体労働なのですが、彼女は心の自由は奪われていないから楽しいわ、と語ってくれました。

 私は、彼女の本質を見抜く力に感心すると同時に、『デッサンは私が求めるものではない』ことを発見しました。

右上:モデルrを初めてクロッキーした日の作品
2001年3月19日 

2 デッサンは、身体の正確さを求める
 デッサン用のポーズが決まると、右足と左足の位置を確実にするため、モデル台にチョークの線が引かれます。座りポーズなら、腰の部分にもチョークで線が引かれます。休息後、あなたはその線に合わせて立ち、前と同じポーズをとります。描き手は、自分のイーゼルにある画面とあなたを見比べ、「右手の位置が違います。少し上です」などと、ポーズを修正してくれます。これは、あなたの身体の形が最優先であることを意味します。心はその後です。

3 デッサン・モデルの笑い話
 笑い話を1つ紹介すると、とあるカルチャーセンターの絵画教室で、「髪型が違う」と怒られたモデルがいます。前髪の一部がわずかに乱れていたそうです。長いストレートだった人が、ショートのちりちりカラーにするのは問題ですが、多少の違いは仕方ありません。モデルは同じようにセットしようと努力しますが、毎日微妙に変わるのは当然です。だって、髪型が思うようにセットできた日は、1日気分が良くなるのは私だけはないでしょう。

4 固定ポーズ中に考えること
 前回と同じポーズができたら、あなたは自分の身体に心を込めることもできます。しかし、現実問題として、何回も何時間も何ヶ月も同じ精神を注入することは不可能です。作家の側からすると、固定ポーズに求めているのは形であり、心ではありません。したがって、このページの冒頭で紹介したように「身体は束縛されているけれど、心は自由なのよ」という言葉が生まれます。

5 ポーズそのものに精神が宿る
 固定ポーズでは『ポーズ』そのものに対して、意味や価値を求めます。心や精神は、ポーズの中に宿ると考えます。したがって、あなたが作家の要求通りポーズできたなら、あなたの心は自由です。何を考えていも良いのです。心と身体が分離していても、作家は問題なく制作をつづけることでしょう。これは、クロッキーとは正反対の状況です。

6 まどろみモデル
 私は、ポーズの途中に眠ってしまうモデルを『まどろみモデル』と呼んでいます。自分の鼾(いびき)で目を醒ますモデルすらいます。クロッキーでこのようなモデルに出会うのは極めて稀ですが、出会った時は最終回! ただし、個人でクロッキーしている時は別で、作家はモデルの状況をよく把握しているので、まどろんでしまいそうな時は、そのような絵を描きます。モデルもまどろむことを予感しています。

右:個人クロッキーでまどろむモデル『ながあめ』。知性と創造性に溢れる彼女にとって、まどろむポーズは大変貴重である。(2010年1月17日

7 クロッキーモデルには意志が求められる
 一方、クロッキーはモデルの身体よりも心を重視します。簡単な言葉でいうと、動きや躍動感を表現しようとします。したがって、ポーズ中に身体が動いたとしても、あなたが表現しようとしているものがぶれなければ合格です。描き手は、モデルの個性や意志をそのまま直接に表現しようとします。

8 まとめ
 固定ポーズは『正確な身体』、クロッキーポーズは『やる気』が求められます。

2010年1月20日公開

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