クロッキー F 美術館

第4章 Fのクロッキー技法
爆発の余波で描く


右図:(クロッキー作品群2001 Nov 28より)
 1103mm x803mm (地塗りしたボール紙)
 charcoal pencil
 liquitex (white)

0 このページを書く動機
 描きはじめる直前のエネルギーの重要性については、かなり昔から気づていました。右の作品は8年前のものですが、長さ1mを超える紙を5分で描き上げるためには大きなエネルギーが必要です。最近になって個人的に描く機会が増え、気兼ねすることなく実験できることが多くなったので、ここで『描く前の爆発的エネルギー』について考察してみたいと思います。

1 ポーズが決まってから見る
 モデルを見るタイミングは、大きく2つに分けられます。1つはポーズが決まる前、もう1つはポーズが決まった後です。前者は、別ページ『ポーズが決まると同時に描く』で紹介したように、モデルと作家がシンクロ(一体化)させるときの方法です。後者は、このページで述べる爆発的エネルギーを作るための簡単な方法です。エネルギーを蓄積するために、作家はモデルを見ないように下を向いて紙や鉛筆を準備し、ポーズが決定した気配を感じてから顔を上げ、モデルを見ます。

2 空白の時間
 あえてモデルを見ない『空白の時間』を作る価値は、個人で描くときにあります。大勢で描くとき、モデルは必ず誰かの視線にさらされているので、あなた1人の努力は無意味です。しかし、1対1の場合、作家が視線を外せば、モデルは誰にも見られない時間を得ることができます。これは、モデルのプライベートな準備時間です。誰の目も気にしなくて良い時間を使い、モデルは迷い、ためらいます。それはネガティブな自分と格闘する時間です。その後、モデルは弱い自分に打ち勝ち、1つの決断をします。その結果としてのポーズは、限られた時間だからこそ存在する新星のように輝きます。私に示されたポーズは、私の爆発を呼び起こす直接原因そのものです。

3 モデルの一部始終を見る
 1、2とは逆に、モデルがポーズを決める一部始終を見る場合もあります。これはモデルと親密な関係にある時にできる方法です。モデルがある1つのポーズを作り上げるまでの動き、過程、時間の流れ、心の動きを全て見るだけでなく、共有します。最終的なポーズはモデル(=作家)の爆発です。

4 見る時間
 ポーズを決めたモデルを視る時間は、およそ3秒か5秒です。どんなに長くても10秒。それぐらいが限界だと思います。私の経験上、それ以上時間を使ってもろくな結果にならないので、一定の時間が経過したら、小さな衝動でもそれを使い、小さく描くようにしています。なお、集団の中で10秒以上見続けることは、モデルを性の対象として見てしまう危険性があります。もちろん、この落とし穴にハマらないだけの集中力があれば大丈夫ですが、長時間観察した後のクロッキーを作品レベルに持ち込むことはまず不可能です。

5 爆発=描きたいという衝動
 ある爆発、とても強い感情や意識、それが突然何の前触れもなかったかのように出現します。複数の原因が混然一体となり、『描きたい』という衝動が生まれます。この衝動は言葉にできません。私が何らかの活動を始めた時、それが爆発の瞬間です。衝動は1つですが、それを生み出す原因がたくさんあればあるほど変化に富む活動が継続され、最終的に面白い作品ができ上がります。

右作品:F美術館コレクション vol.2009 Mar 3から
420mm x 297mm (thin paper)
pencil
 この作品の制作時間は5分ぐらいだったと思います。初めの爆発=衝動が強ければ強いほど、長時間描くことができます。このサイズの紙で右のようなタッチなら、これで一連の爆発はお終いです。

6 1番初めにすること
 初めの衝動がどのような『描くという行為』になるかは、その場にならないと分かりません。モデルのポーズの僅かな違によって、全く違う種類の爆発=衝動が生まれます。鉛筆を打ち付けるようにして点を入れたり、汚れた指を画面に擦り付けたり、色コンテを取り出したり、とにかく何が起こるのか自分でも分りません。以前と同じようなスタートなら、結果も見覚えがあるものになります。「えっ、何これ?」「そんなことして良いの?」「大丈夫?」というスタートになれば、爆発成功です。いつも通りの衝動は、いつも通りの行為、いつも通りの結果になります。

7 余韻=規則性を持った連鎖反応
 いったん爆発すると、その後はいくつかの爆発が連鎖的に起こります。それらは、初めの爆発の余韻といえるもので、自然に進みます。画家は苦労することなく、さまざまな衝動によっていろいろな手法を使い、複数の技法を組み合わせ、新しい表現を生み出します。初めの爆発さえ十分に起これば、それ以降の行為(描くこと)は全自動的で進みます。私の内部が次々に変化し、たくさんの活動を起こします。

8 爆発の大きさ
 爆発の大きさは、だんだん大きくなることもあるし、小さくなることもあります。リズム良くいろいろな大きさの爆発を繰り返すこともあります。

右図:画面左の太ももの部分を描いたとき、私はとても大きなエネルギーを使いましたが、その時間帯はクロッキーのちょうど中間あたりです。この絵を良く見ると、最大のエネルギーを放出する前と後に描いた、2つの線があります。例えば、2回描かれた右足のうち、下になっている方が放出後です。F美術館コレクション vol.2010 Feb 9より
 現在の宇宙物理学は、137憶年前のビッグバン直後は暗黒で、それから3憶年の時間を使って進化した後、初めて星が輝いた考えています。これと同じように、初めの『描きたい』という衝動は、大きなエネルギーを持っていても、それが力強い表現になるとは限りません。うじうしした動きから始まることもあるのです。
 ビッグバンから現在まで宇宙進化は、いくつかの法則や順序を持ち、数式で表すことができます。しかし、初めの条件が違えば、現在とは異なる法則にしたがう宇宙進化(描画の変遷)になったことでしょう。クロッキーは、宇宙進化の歴史(時間)を1枚の画面の中に封じ込める作業です。

9 神を感じる時
 モデルが決意したポーズは、画家の視線にさらされた瞬間にモデルから離れ、独立した存在になります。ポーズを維持するためにモデルは精神力と筋力を使いますが、すでにモデルの手から離れています。画家はモデルのポーズを感じ、「描きたい」という衝動によって描き始めますが、その瞬間、作家はモデルと同じように、画面が作家から独立したように感じます。これが、神を感じる時です。私の手を動かしている衝動は、自分でコントールできないものです。自分以外のものが描いているような感覚。自分が選ばなくても、必然によって進んでいく感覚。自分は神の行為者に過ぎない、という感覚。人間とは無縁な、自然の法則が進んでいく感覚です。

10 余波が終わるとき
 初めの爆発の波が収まったところで、一連の行為(クロッキー)は終わりです。30秒クロッキーなら数回の爆発で終わると思いますが(もちろん10分クロッキーでも1回の爆発で終了することもありますが)時間を意識し、爆発の回数をコントロールすることもあります。

11 細部に囚われた時
 細部の小爆発に囚われてしまった時は、最後に、もう1度自分の画面を見て、大きく爆発させることがあります。その爆発では、自分が1番気に入っている部分を破壊する場合が多いです。そうすることで、小さくまとまりかけてしまった画面を再構築させることができます。

12 爆発や衝動を排除するデッサン
 デッサンは心の爆発や衝動とは無縁の行為です。新しい感動や感情を排除する活動です。デッサンは、モデルを客観的に視て描き、すべての鑑賞者を納得させようとする行為です。このような作家の感情や個性や主観を排除するデッサンを追求することは、いかにして主観が生まれるかを示しています。デッサンは、心の動き、衝動、爆発、感動、主観を考察するための基準です。

13 まとめ
 
モデルと作家に求められることは、すべてを生み出す爆発をさせることです。

2010年4月14日公開

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