白さぎ会のあゆみ
1980.03 愛知県立天白高等学校同窓会発足
1980.03 会長に福地孝宏氏就任
1980.08 第1回 総 会(母校体育館)
1981.08 第2回 総 会(母校体育館)
1982.08 第3回 総 会(母校体育館)
1983.08 第4回 総 会(中小企業振興会館)
1984.02 母校創立7周年記念事業に協力
1984.02 同窓会会員名簿発行(第1号)
1984.08 第5回 総 会(中小企業振興会館)
1985.08 第6回 総 会(中小企業振興会館)
1986.08 第7回 総 会(中小企業振興会館)
1986.10 母校創立10周年記念事業に協力
1986.10 同窓会会員名簿発行(第2号)
1987.08 第8回 総 会(中小企業振興会館)
1988.07 準備号 会 報
1988.08 第9回 総 会(厚生年金会館)
1989.07 創刊号 会 報
1989.08 同窓会創立10周年記念総会(メルパルク)
・ 同窓会の名称を「白さぎ会」とする
・ 記念テレホンカード発行
・ 会則の一部改正
1990.07 第2号 会 報
1990.08 第11回 総 会(メルパルク)
1991.07 第3号 会 報
1991.08 第12回 総 会(メルパルク)
1991.10 母校創立15周年記念事業に協力
・ 記念テレホンカード
・ しらさぎ復刻版
1992.07 第4号 会 報
1992.08 第13回 総 会(メルパルク)
1993.07 第5号 会 報
1993.08 第14回 総 会(メルパルク)
1994.07 第6号 会 報
1994.08 白さぎ会創立15周年記念総会(メルパルク)
1994.08 同窓会会員名簿発行(第3号)
1995.10 第7号 会 報
1995.11 第16回 総 会(メルパルク)
1996.10 第8号 会 報
1996.11 第17回 総 会(桜華会館)
1991.10 母校創立20周年記念事業に協力
1997.10 第9号 会 報
1997.11 第18回 総 会(桜華会館)
1998.10 第10号 会 報
1998.11 第19回 総会(10回生同期会)(桜華会館)
1999.10 第11号 会 報
1999.11 第20回 記念総会(1、11回生同期会)(メルパルク)
・ 母校に部旗(2)を寄贈
2000.10 会報『白さぎ』第12号
2000.11 第21回 総会(2、12回生同期会)(メルパルク)
2001.07 同窓会会員名簿発行(第4号)
2001.10 会報『白さぎ』第13号
2001.11 第22回 総会(3、13回生同期会)(メルパルク)
2002.10 会報『白さぎ』第14号
2000.11 第23回 総会(4、14回生同期会)(メルパルク)
2003.10 会報『白さぎ』第15号
2000.11 第24回 総会(5、15回生同期会)(メルパルク)
2004.10 会報『白さぎ』第16号
2000.11 第25回 総会(6、16、22回生同期会)(メルパルク)
2005.05 会報『白さぎ』第17号
2000.06 第26回 総会(7、17、22回生同期会)(メルパルク)
2006.05 会報『白さぎ』第18号
2000.06 第27回 総会(8、18、23回生同期会)(メルパルク)
2000.11 母校創立30周年記念式典、事業などに協力
2007.05 会報『白さぎ』第19号
2000.06 第28回 総会(9、19、24回生同期会)(メルパルク)
2008.05 会報『白さぎ』第20号
2000.06 第29回 総会(10,20,25,29回生同期会)(メルパルク)
2009.05 会報『白さぎ』第21号
2000.06 第30回 総会(1,11,21,26,30回生同期会)(メルパルク)
2010.05 会報『白さぎ』第22号
2000.06 第31回 総会(2,12,22,27,31回生同期会)(メルパルク)[→白さぎ会index] ↑ TOP
(c) 2010 fukuchi takahiro第4号発刊にあたって
白さぎ会会長 福地孝宏
同窓会名簿は今回で第4号になりますが、これまでの歴史を名簿作成の思い出から振り返ってみます。第1号と第2号は母校の周年記念事業(7年、10年)にあわせて編纂されました。恩師の先生方が中心になり、私達同窓生が不明者を1人ずつ問い合わせていきました。気の遠くなる作業でしたが、今となっては各年度の幹事が集った、にぎやかで楽しい思い出です。第3号はそれから8年後でした。この頃には、同窓会も少しは一人歩きできるようになり、同窓会の名称を「白さぎ会」と決定(第10回総会)したり、同窓会報「白さぎ」創刊号を発刊しました。そして、白さぎ会創立15周年には、記念事業の1つとして会員名簿第3号を作成しました。
しかし、第4号の事情は少し違います。母校の創立25周年と重なっていますが、大きな発刊理由の1つとして急激な不明者増加があげられます。ご存じのとおり、母校の所在地「天白区」にはいわゆる転勤族が多く、郵便物が差しもどされことが度々でしたが、区画整理による住所名変更、全国的な郵便番号(7桁)の変更、さらには、携帯電話の普及で番号変更が頻発し、電話による連絡も難しくなってきたことから、新世紀の発刊を決断しました。
さて、次回「第5号」はどうなるのでしょうか。2001年の現状から推測しますと、「個人情報の漏洩問題」や「同窓会のあり方」についての様々な意見があり、簡単には発刊できないでしょう。情報は「文字からインターネット」へ加速度的に移りかわり、「冊子はいらない」との声もあります。しかし、いつの時代になっても一番大切なことは、実際に人と触れ合うこと、声をかけあうこと、共通の経験・体験・実践をもつこと、それを大切にすることです。ですから、白さぎ会としては結論をあせらず社会と母校の発展を見守っていきたいと思います。
最後になりましたが、この名簿を発刊するにあたってご尽力いただいた鈴木孝和学校長はじめとする母校の先生方、4回生の秦聖喜先生を中心とした実行委員の方々、賛助や広告に協力していただいた会員の皆様や関係の方々に厚くお礼申し上げます。
2001年7月