クロッキー F 美術館

ムービングをするなら
    ─『瞬間』ではなく、『幅をもつ時間』を捉える─

1 美術モデルは動かない
 美術モデルは、じっと動かないことを仕事としています。運動が好きなモデルでも、動くプロではありません。まして、ムービングの仕事は少ないのが現状ですから、「動いて下さい」と指示されても無理です。ぎごきない動きになるのは当然のことです。したがって、美術モデルを使ったムービングは極力避けて下さい。注意しなければいけないのは、未熟なクロッキー会の主催者が変化をつけるためにムービングを行なう場合です。それは猫だましというものです。

2 動きを描くなら、動くプロを選ぶ
 
ムービングのテーマは動きですから、裸である必要はありません。プロの体操選手やサーカス団の演技、様々なスポーツ選手の動きをクロッキーする方が、よほど楽しく有意義な時間になると思います。鍛えられた筋肉は、ユニホームの上からでも十分に把握できます。裸だから勉強になる、と思ったら大間違いです。動くことを専門にしている人は、それそれの道における洗練された動きを表現してくれるでしょう。

3 本当に素晴らしいダンサー
 本当に素晴らしいダンサーなら、見とれてしまって描くどろこではありません。自分の作品を作る喜びよりも、観る喜びが大きくなるからです。もし、あなたがそのようなダンサーを描くチャンスに恵まれた時は、ダンサーにできるだけゆっくり動いてもらましょう。ダンス作品としての価値は失われますが、力量のあるダンサーならではの、凄い映像が浮かびます。それは過去の残像の逆、つまり、未来の映像です。私は、そのような幸運に恵まれたことが何度かあります。

 この場合、現在のポーズから未来が予測できるので、作家は自信を持って、現在の動きから未来の動きを生き生きと表現できます。現在の中に未来が含まれているからです。その時間は、およそ5秒〜10秒になるでしょう。優れたダンサーは綿密な計画(構想)を持っているのです。さもなければ、それに匹敵するだけの舞台発表の場を積んでいます。


上の2点:2000年2月8日の作品群から

4 そこそこの表現力があるダンサー
 そこそこの表現力があるダンサーのムービングなら、同じ一連の動作(数分〜10分の舞踊など)を2回繰り返してもらいましょう。1回目は描くことよりも観ることに重点を置き、ダンサーの特徴や力量を把握し、その人が表現しようとするものを捉えます。2回目は実際に手を動かして、あなたが描きたいものを画面に定着させます。それは印象的なポーズ(決めポーズ)か、あるいは、舞踏全体(または一部)の印象を表すポーズになるでしょう。

 ここで注意したいことは、クロッキーが表現する内容です。下表にまとめたような違いを明確に意識しないと、何を描いているのか意味不明になり、ムダに手を動かすだけになります。
印象的なポーズ(決めポーズ) 舞踏全体(または一部)の印象
写真のように『瞬間』を捉える 『幅をもつ時間』を捉える
※クロッキーより、カメラで撮影することをお勧めします ※ダンサーの意図することを読み取る楽しみ(あなたが創作する喜び)があります

5 無意識に揺れ動くモデル
 モデル本人はじっとしているつもりでも、大きく揺れ動いている場合があります。本人は「座って足を組んでいるから同じポーズだ」と思っているのでしょうが、重心が右から左へ・左から右へと移り変わったり、髪を触ったり、首を回して辺りを見回したりします。視線が動いたり、身体の捻れが解けてきたり、腕が下がってきたりするのは質が違います。無意識に、自由自在に振る舞うのです。これはかなり特殊な場合ですが、正真正銘のムービングであり、それはモデルの『生体リズム』に基づいています。あなたがそのようなモデルを目の前にした時、類い稀な絶好のチャンスに恵まれたことに感謝して下さい。モデルのリズムを感じ、自分をシンクロさせましょう。それに成功すれば、あなたはもう1人の自分を獲得し、飛躍的に表現の幅が広がります。

 この続きは、2009年9月19日のクロッキー作品を観ながらお読み下さい。
→ 2009年9月19日のクロッキー

6 結論として、ムービングはやめた方が良いです
 私の経験からすると、動く美術モデル(裸体)を使った場合、ろくな作品ができた試しがありません。なぜなら、モデルが何を表現したいのか分からなかったり、表現内容が単純過ぎるからです。例えば、大きな円を描くように歩くとか、同じ動作を繰り返すとかです。このような単純な動作の場合、その要点を掴み、的確に表現したとしても作品に深みはありません。よく出来ました! とほめられるだけです。

 クロッキーFでも過去に何度か行なったことがありますが、現在はほとんど行ないません(私も若かったなあ)。

2009年9月25日公開

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