クロッキー F 美術館

第6章 美術モデルのためのお話

躍動感あるポーズの作り方

1 クロッキーの醍醐味は躍動感あるポーズ
 クロッキーは短い時間で勝負するので、短い時間ならではのポーズが要求されます。描き手は固定ポーズにはない新鮮で躍動感あふれるポーズを期待しています。普段できないような、数分間しかできないようなポーズに挑戦して下さい。モデルが躍動感あるポーズをとれば、描き手は同じように躍動感溢れる線で描きます。あなたが「だらっ」としたポーズをとれば、描き手はだらっと描きます。もちろん、躍動感が全くないポーズにも、魅力的なものはたくさんあります。これについては、別ページ『自然なポーズを輝かせる』をご覧下さい。

躍動感あるポーズを作り方

(1) 前後左右が同じにならないようにする
(2) 身体を曲げるよりも、捻るようにする
(3) 全ての関節を自由に曲げたり回転させたりする
(4) 筋肉は緊張したものだけでなく、弛緩した筋肉も意識する
(5) 足を手と同じように表現する
(6) 足先、指先までおろそかにしない
(7) 首の傾斜は、わずかなことで大きな変化をもたらすことを忘れない
(8) 視線方向を決めたら動かさない
(9) ポーズを決めたら重心を意識し、安定させる
(10) 具体的なイメージがあるポーズなら、それに集中する

2 アシメトリー(非対称)にする
 アシメトリー(アシンメトリー)はシメトリー(シンメトリー、対称)の逆、『非対称』という意味です。左右の重心、および、左右の形を変え、非対称の躍動感あるポーズにしましょう。初心者モデルによくある失敗は、身体を前や後ろへ精一杯曲げたり反らしたりするものです。本人は頑張っているのですが、描く側にとっては変化に乏しいものです。左右どちらかに少し捻り(ひねり)を入れるだけで、断然面白いポーズになります。

3 関節の動く範囲を大きくする
 関節の動き方は、次の2種類に分けられます。関節各部の違いを意識し、それぞれの動く範囲(可動範囲)を大きくしましょう。毎日、お風呂上がりにストレッチ(柔軟運動)すると効果的です。可動範囲が広くなれば、全てのをポーズに対して余裕を持ち、より豊かな表現ができるようになります。

関節の動き方
(1) 回旋、回転
(あらゆる方向に自由に動く。股や肩や首など)
(2) 屈伸(単純に曲げると伸ばすだけ。手首や指など)
 ※ その他:(1)と(2)の組み合わせ(肘)

4 身体を4つに分けて方向をつける
 まず、身体を胴(トルソ)を中心とする4つの部分、(ア)脚、(イ)腕、(ウ)頭、(エ)胴、に分けます。次に、それぞれの関節部分(ア)股、(イ)肩、(ウ)首、の3つの関節を別々の方向へ向ければ、簡単にアシメトリーな動きのあるポーズが完成します。

5 脚の表現
 股は『球関節』という構造で、あらゆる方向に360度自由に動かすことができます。したがって、『脚』の付け根は驚くほど大きな表現の可能性を持っています。恥ずかしいポーズになることもありますが、モデルと作家の両者が拒まないなら、自由自在に動かしてみて下さい。思いもよらない面白いポーズができるはずです。なお、股から下の関節は『単純な屈伸』しかできません。

6 腕の表現
 肩は、股と同じようにあらゆる方向に動かすことができる『球関節』です。肩の次にある『肘(ひじ)』は、屈伸と回転ができます。したがって、『肩』と『肘』の組み合わせは無限、といえるほど多様です。しかし、肘から下の関節は、親指をのぞいて単純な屈伸しかできません。指先は精密な動きをしますが、それは単純な動きしかできないからこそ、できるのです。

腕のポーズを決めるポイント
 ポーズを決める順序は(1)指先、(2)手の平全体、(3)腕全体、のいずれからでも構いません。腕全体のポーズが決まったら、指先まで神経を行き届かせますが、実際は中心となる指を1本で決め(例えば、薬指)、それに神経を集中させた方が楽にメリハリのあるポーズになります。

7 首と頭
 首は360度自由に回転させることができます。しかし、調子に乗って極端なポーズをとると、首の筋肉や関節を傷めるので十分に注意して下さい。頭はとても重いのです。腕や手で支えたり、膝や床につけるなどの工夫をしましょう。

8 視線を動かさない
 視線を決めて動かさないことは、どんなポーズの時も大変重要です。優れた作家は、あなたの視線を的確に表現します。身体をどれだけ固定していても、人物表現の最大のポイントともいえる目、その視線が動いてしまっては、作品は台なしです。私は視線が定まらないモデルを描く時、自分で視線方向を決定します。さもなければ、1本の線も描きません。また、モデルと視線が重なりあったなら、それそこ火花を飛び散らせ、燃え尽きるまで見つめ合うことになります。

両腕、首、視線による表現 (下半身は固定)

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ワンポイントアドバイス:腕を挙げるポーズは、腕の自身の重さを支えるの大きな筋力が必要です。同じように、頭を後ろに反らせるポーズも大変な筋力を必要とするので、そのような場合は、腕の一部を頭部に密着させたり、手の一部を頭部のどこかに触れるようにするとポーズが安定するだけでなく、筋肉の負担も小さくなります。ただし、いずれにしても3分までのポーズから練習するようにして下さい。

9 重心を意識する
 どのようなポーズでも、その重心を明確に意識して下さい。立ちポーズの場合は、臍(へそ)の下5cmぐらいにある丹田(たんでん)が重心になります。意識できない人は、軽くジャンプして下さい。自然に着地した時、両膝が軽く曲り、腹筋と背筋が同時に軽く引き締まり、身体の中心である丹田を感じられます。その他のポーズの時も、初めに丹田を意識し、それがどこへ移動していくか感じるようにすると、ポーズの途中でぶれなくなります。

10 重心を身体の外へ出す
 通常の立ちポーズの重心は、必ず丹田にあります。例えば、左足に30%、右足に70%の体重をかけた時、丹田は左:右=3:7の位置になります。しかし、アメリカのマイケルジャクソンが初めて踊った(ポーズした)ように、地球の引力を無視したような、前へ、あるいは、後ろや横へ傾いたポーズをすることもできます。それには通常よりも筋肉に負担を強いるものですが、是非とも挑戦してみて下さい。この時、丹田の位置の変化量と筋肉の緊張度は比例します。とても極端な場合、重心はあなたの身体の外になります。ブリッジの重心は、地面と背中の間です。

11 躍動感あるイメージを持つ
 もっとも大切なことは、具体的な躍動感あるイメージを持つことです。跳び跳ねている、空を舞う、ボールを掴む、深呼吸するようなイメージを持ち続けることです。描き手は、あなたの心にある躍動感を掴み、それを表現しようとするでしょう。イメージを作り、それを維持できるようになった時、ポーズは完全に決まります。

 生きた人間であるあなたの身体は動きます。同じポーズをとっていれば、筋肉は疲れ、初めの初々しい緊張感は失われます。しかし、イメージを維持させることは比較的易しく、ポーズしている途中により豊かなイメージを付加することもできます。優れた作家はあなたのポーズではなく、その内側にある躍動感を描こうとします。

2010年1月17日公開

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