クロッキー F 美術館

第5章 クロッキー心理学
ポーズが決まると同時に描く

1 モデルがポーズを決めたら、すぐに描き始めよう
 クロッキーの基本の1つに、『モデルがポーズを決めたら、すぐに描き始める』ことがあります。モデルと描き手が共に集中し、呼吸が一致してくると鉛筆が自然に走ります。描き手は、自分の手がモデルの身体とシンクロしているように感じます。こうした状態を作るために、すぐに描きはじめるようにしましょう。ムダな動きは不要です。ポーズそのものに集中しましょう。

2 素早い画材の準備
 紙や鉛筆の準備を素早く行うほど、モデルの動きとポーズに集中できます。できるだけ長くモデルの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに注目するようにします。手許を整頓し、描き終えた紙と新品の紙を交換する方法を見つけましょう。とても簡単なことにように思いますが、とても重要なことです。これは、オーケストラで演奏する音楽家の『符めくり技術』と同じです。楽譜をタイミング良くめくることは、演奏以前の重要な問題です。

3 モデルと共に描く
 モデルが身体を固定するのと入れ違うように描き始めることは、ある1つの理想状態にあることを示しています。この状態を詳細に記述すると、次のようになります。

 モデルが1つのポーズを終え、次のポーズを固定するまでの時間には、微妙な揺らぎがあります。モデルが次のポーズを完璧に予定していた場合でも、現場では僅かな揺らぎを生じます。モデルは、その揺らぎの中で最終的にポーズを決定し(決断し)、身体を固定します。理想状態にあるとき、描き手はその僅かな時間にすべての画材を決断し、モデルが身体を固定すると同時に手を動かし始めます。

 このような状態は、簡単につくれるものではありません。2時間のクロッキーのうち、数回連続できれば上出来です。クロッキー終盤になり、疲労と開放への期待感が重なり、モデルと作家の思いが一緒になったとき、この状態がしばしば訪れます。このページを読まれている人の中にも、経験された方が沢山いらっしゃることでしょう。

4 場所を求めてはいけない
 モデルがポーズを決めて後、動きはいけません。モデルも作家も同じです。確かに、描く気をそそられないポーズがありますが、しかし、動き回わったとしても、上手く描ける保証はありません。むしろ、ろくなものが描けず、不満を感じて終るのが関の山です。そんな時こそ、新しい表現を求めて悪戦苦闘してみましょう。新しい表現や可能性や自分が発見できるはずです。いつもと同じポーズ、好きなポーズを追い求めているようでは、初中級者の域を出ません。新しい表現を目ざすために、目前にあるものに挑戦しましょう。真のクリエーターを目ざすなら、そそられないポーズこそチャンス! 頑張って下さい。

5 僅かな移動
 わずかに動くことは悪くありません。その距離は10cmまで。それ以上は逃げにつながります。クロッキーは自分との戦い、でもあります。なお、現在の位置から見えないものを確認するために、頭を数10cm動かすのはよくある作業です。

6 移動することによって起こる変化
 私は、動き回る人と一緒に描いた経験が何度もあります。とても控え目に移動する方もみえますが、多くの場合、クロッキー会場全体にある共通した異変が起きます。モデルがポーズを決めた瞬間、「あの人はあそこへ動くだろう」と全員が予想するのです。そして、実際そこへ移動する人を見て、喜んだり失望したりするのです。予想が外れたときは、「今回は勇気がなかったな」と心の中で呟きます。こんな状況では、まともなクロッキーができるわけがありません。クロッキーには清浄な空気が必要です。クロッキーは、とても鋭敏で微妙な空気の中に息づいているのです。

右図:動き回る人をテーマにしたクロッキー
 モデルに集中できない時は、思いきって動き回る人を主題にしてみましょう。その人は、あなたが描いていることが分らないほど高く集中しています。それを見習い、あなたも新しい発見をするように描いてみましょう。現実を前向きにとらえる姿勢は、いつでも大切なことです。
クロッキー作品群2001 July 1から)

動き回る人の主な特徴
(1) 動き回ること、それ自体を楽しむ
(2) モデルの身体、それに関心がある
(3) その他の描き手や会場の雰囲気を感じとれない
(4) 自分の欲望のままに行動できる
(5) モデルから逃げる

7 モデルがポーズを決める前に描き始める
 私は、ごく稀にモデルがポーズを決める前から描きはじめることがあります。それは、次のポーズの気配を感じて(予想して)行ないます。これはモデルの立ち場からすると迷惑な話です。作家が描き始めると、そこで静止しなければいけない気分になり、予定していたポーズができなくなるからです。私はそれを十分承知の上で描き始め、モデルと会場をコントロールすることがあります。私のフライングは1秒に満たない時間です。

8 ポーズ前の動きを見ない方法
 これとは逆に、モデルのポーズをしばらく見てから描く方法があります。その1つは『爆発の余波で描く』ですが、その他の方法は現在検証中です。おそらく、モデルの動きを見ない手法は、モデルの独自性を尊重すること(創る世界を信じること)が前提条件だと思います。作家は自分の意志を主張せず、モデルそのものを受け取る存在になるのではないか、と考えています。ただ、作家の意思は描く態度でモデルへ伝わります。私の場合、鉛筆の音が大きいのですぐに分るでしょう。

2010年2月16日公開
8の追記(2010年4月18日)

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