このページは『Mr. takaによる、若手教師のためのワンポイント・レッスン』です。 |
第5.2章 朝の始業前の指導
5 遅刻をしたら、運動場1周!
― 始業10分前の指導実践記録 ―1 A中学校の始業前の指導
A中学校の始業時間は8時30分です。この時間に遅刻すると、指導要録や通知表に記録される「公的な遅刻」になります。A中学校はこれを防ぐため、そして、時間守ることができる生徒を育成するため、8時20分までに登校、教室へ入る指導を行います。そして、8時25分から10分間、各自が用意した本を読みます。いわゆる『朝読書』です。そして、朝の短学活を行い、1時間目の授業の準備をします。
始業前の先生の動き
(1) 週番の先生は、早朝から8時30分まで、正門で朝の登校指導をする。
(2) 学級担任でない先生は、下駄箱で挨拶指導をする。
その時、8時20分までに登校していない生徒をチェックする。
(3) 学級担任は、8時20分までに教室整備を行い、生徒を迎える。
(4) 8時25分から35分まで読書指導を行う。
(5) 8時30分に、出席確認を行う。2 私が見た生徒の実態
私は担任を持っていないので、下駄箱の前で登校指導をしました。5年間、毎朝立っていましたが、何度も遅刻する生徒がいます。注意すれば、1日か2日は改善されますが、3日と持ちません。いわゆる3日坊主です。しかも、3日坊主の生徒が全体の30%を占めています。結果として、毎日20人〜30人、入れ代わり立ち代わり違う生徒が遅刻します。これは推測ですが、20分の時点で指導しなければ、8時30分でも同じように遅刻することでしょう。つまり、公的記録に傷がつくわけです。進学するときに必要な内申書に、遅刻の数字をたくさん書くことになるでしょう。これを防止するために、学校全体として取り組んでいるのです。それでは、以下に、ある2年間の指導記録を紹介します。私は、その学年に2年生の学年付きとして飛び込み、翌年、そのまま持ち上がりました。3 名簿用意して、毎日チェックする
私は生徒名簿を70枚ほど印刷して、1冊のファイルにしました。数人なら暗記できますが、現実は2でお話した通りです。私は8時20分少し前から、「遅くなった人は走りなさい!」と声をかけ、遅れを取り戻すようにさせました。走ればぎりぎりセーフになる生徒達です。正門では、そこに立っている先生が声をかけてくれますから、同じような声をかければ良いのです。正門から下駄箱まで70メートルほどありますが、チャイムが鳴り始める前に下駄箱に到着した人はセーフ。ちょっとでも間に合わなかった人はアウト。鞄を持ったまま、そのまま運動場を走り続けることになります。4 20分遅刻に対する懲戒ちょうかい
私が遅刻した生徒に与えた懲戒は、『かばんを持ったまま運動場1周走る』です。その根拠は、『家を出るのが遅くなった日は、遅刻しないように挽回すれば良い。しかし、それでも遅刻するのは走るのが遅い(挽回する力がない)のだから、走力を鍛える必要がある。しかも、重たいかばんを持って練習する』というものです。さもなければ、『家を出る時間を早くすれば良い』のです。この懲戒は、4月中旬に始めました。2年生は6月中旬から稲武野外学習が控えていたので、タイムリーなルールだったと思います。それは、以下のように遅刻した生徒が喜んで走っていたことから証明されます。
→ 関連ページ『生徒を懲戒する』5 懲戒が大好きな生徒
この懲戒を始めた時、ほとんどの生徒は喜んでいました。遅刻した生徒も遅刻しなかった生徒も、遅刻しないようにする(懲戒を受けないようにする)という目標ができたからです。遅刻間際になると、前より早く走るようになりました。残念ながら遅刻してしまった場合も、潔く運動場を走っていました。私は『とても中学生らしい、健全な姿だ』と感じていました。1つの理想的な懲戒だったと思います。この方法は1年間有効に機能しました。私は走っている間、走っている生徒を見守りました。歩き始めた生徒に対しては、運動上に響きわたる大きな声で励ましました。雨の日は、傘を持ったまま走らせました。雨の日だから遅刻しても良い、という理由はありません。懲罰を逃れることができるのは、事前に保護者から連絡があった場合、正当な理由がある場合だけです。例えば、大雨や強風なら、翌朝です。6 飽きてしまった懲戒
3年生になると、学校の最上級生として気持ちが引き締まりました。新しいクラスで新しい友達ができ、生徒は遅刻しないように、より一層努力しました。実際、4月当初は遅刻者数が一桁になる、という快挙がありました。とても素晴らしいことだったので、私は学年集会で生徒をほめた記憶があります。生徒達は、家を出る時間を早くしたり、待ち合わせる友達とのルールを変更したり、一緒に登校する友達関係を変えたりしたと思います。しかし、ゴールデン終えた5月中旬、生徒達はだれてきました。修学旅行が直前に迫っていたことも、生徒達の気持ちを変化させた一因だと思います。7 第1回目のルール改正
修学旅行を終えた6月、私はルールを改正しました。遅刻者が増えてきたのです。しかも、私のチェックから逃れるために8時30分より遅れてきたり、1時間目や2時間目に登校する生徒が出てくる気配を感じたからです。新しいルールは『1週間以内に2度遅刻したら、2回目のときに走る』です。これまでは、『遅刻をしたらその足で1周走る』ですから、大幅な譲歩です。このルールは夏休みが始まるまで続きました。8 2学期初めの学年集会で遅刻の話をする
私は夏休み明けの学年集会で、5分ほど話をさせてもらうチャンスをもらいました。そこで次のように話しました。「みなさんはもう知っていると思いますが、遅刻はともていけなことです。時間とお金は守らなければいけません。例えば、100円の買い物をする時に、99円しかなかったらどうしますか。あなたは99円で売ってあげますか。まあ、1回か2回なら良しとしても、毎日毎日99円だったら嫌です。私は面倒くさいのが嫌いなので、チャリ銭お断りです。100円玉1枚でお願いしたいです。つまり、1分遅刻する人は、毎日1円足りません。1円ぐらい良いでしょう。おまけしてよ。と言っているようなものです。お金と時間は絶対に守らなければいけないもので、これができない人は信用を失います。将来、社会人として会社に勤める人がたくさんいると思いますが、毎日1分の遅刻をする人は、すぐ首になるでしょう。私が社長なら、初めから採用しません。」「ところで、朝、遅刻した人が運動場を走っていることを知っていますか。あれは、遅刻しないようにするためです。みなさんは3年生なので、知っておかなければいけないので話しますが、これから高校へ進学する時、あるいは、就職する時、欠席数と遅刻数、早退数はとても重要になります。9教科の成績よりも重要視するところもあります。多くの学校は、『欠席3日以上から、欠席の理由を書いてください』と求めています。遅刻も同じようなものです。遅刻は8時30分です。1分で遅れたら遅刻です。先生は、君たちの不利になるようなことは書きませんが、時間については公平、公正に書かなければいけません。1分でも1円でも足りないものは足りません。時間とお金だけは先生達が助けてあげることができないので、絶対に遅刻しないでください。先生達は、ごまかすことができません。8時20分までに来て、毎日ゆとりの学校生活ができるようにしてください。」9 第2回改正「1週間以内に2回遅刻したら、昼放課に運動場を1周走る」
私の話は、夏の暑さに負けてしまったようです。20分を大幅に遅れる生徒が増え、始業前に走らせる余裕がなくなってきたのです。運動場を走らせると、8時30分までに教室へ入れないのです。私は何度か、運動場を走った生徒と一緒に学級まで行き、担任の先生に事情を話しました。それでも歯止めがかからないので、私は昼放課に走らせることにしました。朝、遅刻チェックしたときに、約束しておくのです。改正後の2週間は自主的に走りに来ましたが、次第に来なくなりました。私は、来ない生徒を個別に呼びに行きましたが、それは他の生徒にとって抑止力になるとも考えていました。しかし、1週間もしないうちに廊下を逃げ回る生徒が出てきたので、ランチ終了と同時に全校放送で呼び出しました。1、2回は効果がありましたが、これでもダメになったのでランチの音楽放送の時間に入れることにしました。これなら、全校生徒が全員聞くことになるので、話題性が高くなり、さらなる抑止力が高まると考えたからです。この効果は高かったように思います。好きな音楽の時間を中断することになりますからね。しかし、遅刻する生徒の数が増え、1日に6人、7人、8人も走るようになると、私は直ちにこの方法を中止しました。遅刻に慣れることは、絶対に避けなければいけないからです。
10 第3回改正『2日間連続して遅刻したら走る!』
『2回連続して遅刻したら走る』。このルールは、最終手段といえるものです。3回連続、というのは考えられませんからね。さすがに連続した生徒は、誰でも反省しているようでした。何しろ、失敗した翌日さえ遅刻しなければ、前日の遅刻はチャラ、になるのですから。このルール改正は突然で、私は遅刻した生徒1人ひとりに告げました。「君たちは今日遅刻したけれど、明日遅刻しなければ、今日の分はチャラにします。しかし、遅刻した場合は、その場で走ってもらいます。2日連続した場合だけ、1周走るというルールです。1日おきなら何もありませんが、そんなことはダメです。目標は、毎日遅刻せずに登校することです。」11 教育の限界を感じた事件
大多数の生徒は素直に反省して、自主的に走っていましたが、10月22日、ある1つの事件がありました。「なんで走らせるんだ。誰がそのルールを決めたんだ! オレは走らないからな。」と1人の生徒が真正面から反抗してきたのです。それまでにも、数人の生徒から小さな抵抗や反抗を受けていましたが、私は、この教育方法(懲戒)の限界が近づいてきていることを感じました。この事件の詳細については、別ページ『生徒に懲戒を決めさせる』をご覧ください。12 2学期の期末テストを終えて
12月になり、2学期の期末テストを終え、2学期の評定のメドができ、私立高校の受験校を決定する保護者会の時期を迎える前に、大きな変化が見られました。学校の始業時間である8時30分を遅刻する生徒が増えてきたのです。「遅刻なんてどうでも良い」「自分の進路は自分で決める」「進学するのも就職するのもバイトするもの私の自由」「先生の懲戒を受けるつもりは全くない(力づくで抵抗する)」と考えているようになったのです。私は、この学年に飛び込んで1年9ヵ月、さまざまな工夫を重ねてきましたが、これが私の指導力の限界でした。無理に続ければ、私が暴行される可能性も出てきました。13 最後のルール改正『遅刻したら、先生から注意を受ける』
とうとう『運動場を走る』という懲戒は廃止されました。そして、遅刻したら先生に注意されることだけが残りました。遅刻して歩いてくる生徒に「走りなさい!」「チャイムは教室で聞くようにしなさい!」と声をかけるのですが、そこまでです。この指導は卒業式まで続けられました。14 2年間の指導を終えて
教師のできることはごく僅かです。私は、生徒の状況に合わせて様々な声掛けをしたり、指導方法を工夫しましたが、遅刻する習慣が改善された生徒はほんの一握りです。なぜなら、遅刻の根本原因が家庭にあるからです。遅刻は生活習慣病であり、遅刻する生徒の家族は全員が遅刻病にかかっている場合が多いからです。さもなければ、親と子どもが完全に反目している場合です。教師はできることは本当に僅かですが、私はほんの一握りでも成長してくれたことに感謝しています。さもなければ、こんなに割の合わない仕事は続けられないからです。先生が生徒と懲戒する、というのは命がけです。1歩間違えば「体罰」と言われ、生徒の気分によって暴言や暴行を受ける危険があります。教員は一般常識がない、と言われますが、一般常識が通用しない生徒達と向き合っているから当然です。そして、割が合わない仕事をしているからこそ、ほんの一握りの生徒の成長をみて、心から喜ぶしかないと感じています。
2010年12月22日(2学期終業式)
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