このページは『Mr. takaによる、若手教師のためのワンポイント・レッスン』です。

第8.2章 いじめという犯罪

7 A君の筆箱が隠された!

1 筆箱が隠されたA君
 20**年11月20日、理科室での私の授業中、A君の筆箱がなくなる事件がありました。実は、A君と私は以前からよく廊下で出会っていました。そして、A君から話かけてくるのですが、私は会話から、A君がいろいろな生徒から嫌がらせを受けていることを知っていました。だから、私は「それを抑止する絶好のチャンスが来た」と思いました。A君はとてもまじめな性格で、何も悪いことをしないのですが、それが逆に、元気あふれる生徒達の遊びの対象になるのです。

 以下に、この事件の顛末を記し、その後、指導ポイントを解説します。

(1) 事件発生:A君の筆箱がない!
 理科室で授業の後片付けをしている私に、A君が話しかけてきました。「先生、筆箱がどこかへ行きました」「どこかへ行った? 誰かに隠されたんじゃないの?」「たぶんそうだと思う」「ところで、筆箱は本当に、教室から理科室に持ってきた? 理科室で使ったの?」「うん、使った」「それはそうだよなあ。で、探してみた?」「探してもなかった」「話はわかったけど、放課は残り1分だから、とりあえず、急いで教室へ戻ろう。先生も一緒に行って、教室で、A君の筆箱について知っている人をたずねても良い?」「うん」「大丈夫? あとから何か言われたりしない?」「大丈夫」

(2) 学校には、授業より大切なことがある
 A君と私が教室へ行くと、すでに次の時間の先生が教卓前に立ち、黒板を消すように指示されていました。私は、その先生に事情を説明し、少し時間を頂くことにしました。よく考えてください。A君は、筆箱がなくても誰かに筆記用具を借りれば勉強できますが、この問題の背後には、授業よりも大きな問題があるのです。これは、学級全体に関係することで、A君だけでなく、全員が同じような被害者になる可能性があるのです。私は、授業開始のチャイムが鳴り終るのを待って、次のように言いました。

(3) 教室でみんなで解決しよう
 「誰か、A君の筆箱を知りませんか? A君の筆箱がありません。A君は筆箱を理科室へ持っていたので、誰かがどこかに隠したと思うのですが・・・」 ほどなく、元気のよい生徒数名が、大きな声で数人の名前をあげました。「B君じゃない?」「Cだろう?!」「オレは違うって!」「B君に渡したから知らない」・・・ということで、私はB君に訊ねました。「どこに筆箱を置きましたか?」「知らない」という返事でしたが、「知らないじゃなくて、君がどこに置いたか教えてください」と問い返すと、ついに「カーテンの裏」と答えました。

(4) B君、C君と一緒に理科室へ戻る
 私は、「ではB君、一緒に探しにいきましょう。今からです。このままではA君がまともに授業が受けられないので、一緒に探しにいきましょう。ところで、探しに行く人は君だけで良いですか? 他に行かなければいけない人はいますか?」と聞きました。そして、C君の名前があがったので、私はC君にも同じように質問しました。その結果、B君とC君の2人だけで良いことがわかったので、私は2人と一緒に理科室へ戻りました。

(5) 筆箱を隠した顛末
 A君の筆箱は、1番後ろのカーテンの裏に置いてありました。とって来たのはB君です。私は筆箱のジッパーを開け、「中のものは触っていませんか?」と質問しました。とくに目立ったことはないので、手はつけていない、という言葉は信用できそうです。そして、私はB君に質問しました。「どうしてA君の筆箱を隠したの?」「D君から回ってきたから」「ふうーぅーん。続きは後から聞くとして、ところで、C君! どうして君はここにいるの?」・・・(静寂5秒)・・・「さっきの教室の話では、筆箱を最初にとったのがC君(きみ)で、君がそれをD君に渡して、D君は何もわからないまま隣のB君に渡して、B君はそれをカーテンの裏に置いたそうだけど、それで良い」「うん」「それで、君は自分が悪いことをしたと思っているのかな? それでここに来たのかな?」「うん」

(6) 筆箱は見つかった!
 「さて、先生はA君の筆箱が見つかったから、ほっとしています。1つの事件が解決したからです。君たちは悪いことをしたと思っているから、A君に『ご免ね』と言えると思うけれど、もっと大切なことがあります。それは、悲しんでいるA君が君たちを許してくれるかです。おそらく、君たちが『ご免ね』と言えば、A君のことだから黙って受け取って終わりになると思います。君たちもそう思うと思いますが、そうですか。そんなA君だから、筆箱をとったり隠したりしたのだと思いますが・・・?」(2人とも同意したのを確認して)

(7) 子どもルールで、罪の重さを決める
 さて、先生は、このような事件が2度と起こって欲しくないで、2度と筆箱がなくならないようにするために、今回の事件で悪い方1人だけに残ってもらい、先生はその人と話をします。どちらが残るか、決めるのは君たちです。先生はその様子を見ているので、おかしいようだったら、『おかしい!』と言って、その決め方について質問をします。問題なく決まるようなら、何も言いません。では、どちらが残りますか?」

(8) B君とC君は、罪の重さによって処置がかわる
 B君とC君は、2人ともほとんど話しませんでしたが、B君が残ると言いました。その雰囲気がとても自然だったので、私はそれで良いと思いました。そして、先に帰ることになったC君に言いました。「C君には先に帰ってもらうけれど、教室に帰ったら、先生に『遅れてすみませんでした』と言って、それからA君のところへ行って『筆箱をとってしまい、すみませんでした』と謝れますか?」と質問しました。C君は「はい」と答えたので、私は彼を教室へ戻しました。

(9) 筆箱事件は、筆箱事件として反省させる
 理科室に1人残されたB君に、私は言いました。「今、君は先生と1対1でとても大切な話をしています。授業よりも大切なことです。ちゃんと考えて、答えてください。B君! 君はこれまでにA君のものを隠したことがありますか?」(ない、という返事を聞いて)「なるほど、それは良いことです。では次に、今回、A君が筆箱を隠されて、とても悲しんでいることがわかりましたか?」(うん、とうなずいたこと確認して)「A君は悲しんで、悲しみながら筆箱を探したけれど、見つからなくて、先生に『筆箱がありませんか』と聞いてきました。それは当然のことですが、とても悲しいことです。で、B君に聞きます。君は筆箱を隠した時は悲しかったですか?」・・・(無言)・・・「今は悲しいですか?」・・・(無言)・・・「しまった、と思っていますか?」(小さくうなずいたことを確認して)「A君を悲しませたことを失敗だ、と思っているようですね。じゃあ、君はA君を悲しませること、筆箱を隠すことはもうしませんね?」(小さくうなずいただけなので)「きちんと声に出して言いなさい」「はい」

(10) B君の謝罪、そして、終了
 「じゃあ、これから教室に戻ってもらいますが、1人で帰りなさい。先生は、君が1人で帰れると信じています。教室に入ったら、先生に『遅れてすみません』と言い、それから、A君のところへいって『筆箱を隠してごめんなさい。もうしません。』と言えますか?」「はい」「じゃあ、帰りなさい。さようなら」

2 事件解決へ向けたポイント
 事件を解決するためのポイントはたくさんありますが、このページは次の10点を紹介します。下記(1)〜(10)の番号は、上の記事の番号に対応しています。
(1) 事件が発生したら、解決に向けてすぐ行動する
(2) 『事件の解決』と『授業』のどちらが大切か、迅速にかつ適切に判断する
(3) 被害者とクラスの友達が結びつくように指導する
(4) 自分でやったことは、自分で元通りにする
(5) 事件の全てをクリヤーにする
(6) 事件を小さく区切り、1つずつ解決する(終了させる)
(7)生徒のルールで罪の重さをきめる
 大人社会では便宜的に『全員同罪』となることが多いのですが、幼稚な問題を解決したり再発防止に心がけたいときは『生徒のルール』によって軽重を決めることをお勧めします。生徒は、1つの事件をいくつかの段階に分けることができるようになります。つまり、生徒社会における自分の位置、自分ができることを理解できるようになります。
(8)罪の重さによって、指導内容を変える
 全員同じように見える事件でも、できるだけ変えるようにしましょう。悪い遊び友達の関係を見直すキッカケになります。なお、生徒による『罪の重さの判断が適切ではない』と思う時でも、あえて見逃すことで、教育的効果が上がると判断できるなら、見逃してください。そのような生徒のグループは、同じような事件を起こす可能性が高いので、何度も指導をくり返していく中で、少しずつ学習させるようにすれば良いのです。
(9)目の前にある、その事件だけで我慢する
 熱心な先生は、ついつい、過去の事件との関連性を持ち出してしまいますが、それは逆効果です。今、そこにある事件だけに専念してください。生徒は自分で気づき、育っていくでしょう。過去を全て振返り、100%教えようとすると、何もかも失うことがあります。また、事件を一般化することも危険です。具体的に、目の前にある事件の解決に全力を捧げ、それが解決できたら満足してください。
(10) 言葉にして謝罪させる
 この事件では、生徒と15分以上話ました。十分に自分の行動を振り返り、友達の立場から友達の気持を考えることができるようになりました。最後は、明確な謝罪の言葉で終れることが十分に予想できたので、私は生徒を信用しました。先生が信用することで、生徒はより高い自覚をもって行動できると判断したからです。

3 事件後のA君
 事件後のA君には、「筆箱があって良かったね」と声をかけました。嬉しそうに「うん」と言ったので、私はそれ以上その話題に触れませんでした。A君は、次の活動に取り組んでいるのです。

4 事件後のA君のクラス
 事件後、A君のクラスの授業で、A君をからかうような発言は目立たなくなりました。私は、B君とC君が謝罪したことが大きいと思いました。次に同じような事件が起きたら、まず、B君とC君がこの筆箱事件を自分達の力で解決(反省)できたことを紹介し、次に、2人がクラスのみんながいる前で謝罪したから、しばらく良い状態が続いたことを話す予定でした。しかし、結果はそのような話をしなくても良かったので、A君のクラスは大きく成長した、と思いました。

2011年1月8日

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