このページは、Mr. takaによる若手教師のためのワンポイント・レッスンです。

第3章 理科の授業

19 理科室のマッチ箱が持ち出された

1 事件のはじまり
 その日の朝、私が出勤すると同時に、「福地先生、これって理科室のマッチ箱ですか?」と聞かれました。私が「そうです」と答えると、すでに始まっていた対応策が再び話し合われました。日時、場所、日頃の行動から犯人の予測はできるのですが、簡単に聴くことはできない、というのです。私は数分間黙っていましたが、指導の方向性が見えて来ないので、理科の教科担任として、1人でやりたい(解決したい)と申し出ました。なぜなら、このまま時間が過ぎることで犯人の記憶が薄れ、全貌解明のチャンスを失い、その結果として、理科室使用禁止になる可能性を感じたからです。当時の私は生活指導係ではありませんが、全速力で指導に当りました。その手順は次の(1)〜(9)ですが、もっとも重要なのは(1)重要人物を特定し、事情聴取することです。

(1) 最重要人物を推測する(疑う)
 現場の状況、マッチ箱が落ちていた場所、普段の生徒の様子から「マッチ箱を持ち出した」と思われる生徒を洗い出します。これは慎重かつ大胆な作業ですが、これが成功すれば、事件は一気に解決します。私は1人の生徒、A君であると推測し、彼を朝読書の時間(8時25分)に呼び出しました。そして、次の(2)の内容をゆっくり話しました。

補足説明:これは勇気ある決断です。悪い言葉を使えば、私はA君を疑ったのです。そして、A君を呼び出し、A君だけに話をします。しかし、私はそれが最善策だと信じて行動しました。重要なのは、信じることです。自分とA君を信じることです。間違いは誰にでもあります。間違いを恐れるのではなく、最善を尽す自分を信じ、過ちを許してくれる相手を信じることが大切です。

(2) 最重要人物に、本気であることを語る
 「A君。実は、とても重要なことを君だけに相談したいことがあって、それはとても重大なことで、これが分らないと理科室が使えなくなってしまうほど重要なんだ。しかも、この事件の真相が分らない場合は、学年集会でこの事件について話をしなければいけないほど重大なことで、だけど、もし、今ココで、全てが分れば静かに終ることなんだ。それで、もし、A君が本当のことを知っているなら教えてほしい。」

話の切り口と私の情熱:私が話をする目的は単純明快です。事件が解決すること、2度と同じような事件が起こらないように生徒が成長することです。ただし、私の切り口は「理科室で授業がしたい!」です。A君が無実だったとしても、私が理科室を使いたいと本気で思っていることが伝われば、A君は私を許してくれるはずです。そのためには、普段の私の理科室にかける情熱がものをいいます。

(3) 真実を読み取る
 (2)のところまで話すと、A君の顔は真剣になり、瞬きすることなく私の目を一直線に見ていました。A君は何を知っていることは間違いありません。それと同時に、A君は『私の本気度』を調べていました。A君は「知らない」と言うべきか、それとも真実を語るべきか。私が100%本気で、A君よりも強い意志を持っていつなら、A君は全てを話すでしょう。そのためには、本題を出す前に十分な時間をとり、A君の心の動きを読み取ります。

目を見ながら、本題へ入るタイミングをはかる:ただし、本当のことを話し始めるにためには良いタイミングが必要です。人間同士の意志、気合いの勝負ですが、何かを確信した時こそ、完全なる結果(自白)を得るためのタイミングをはかる必要があります。A君の目をみてしっかり話を続け、彼が「本当のことを話そう!」と思った瞬間に、彼にチャンスを与えます。本当に勇気がいるのは、A君の方なのです。彼の背中を押すのではなくて、真実を語る瞬間、勇気を持って本当のことを語る瞬間に立ち会い、見守るのです。そして、本当のことを語った後に、彼をほめることを忘れてはいけません。

(4) 過去の事実、それが引き起こす未来を静かに語る
 「今日の朝、B君が学校へ来る途中に、マッチ箱と燃えたマッチ軸を拾ってきたんだ。そのマッチ箱はとても古いデザインで、この学校の理科室にしかないものだから、何かあった時には、すぐにこの学校のものだと分かってしまう。あのデザインはかなり変わっているからね。落ちていた場所は@@@で、燃えかすの状態から判断すると、どうやら昨日燃やされたらしい。そもそも、あのマッチは、先生が昨日、理科準備室の奥の棚から出して、1組と2組で使ったものから、持ち出した可能性があるのは1組と2組しかない。そして、A君! 君に相談した理由はもう分ると思うけれど、もしかしたら! と思っているんだ。もし、そうだとしても先生は大声で叱るつもりはないし、もう2度と起こらなければ良いと思っている。確かに、理科室のものを持ち出すのは良くないことだけど、マッチはとくに絶対にいけない。火遊びはとても危険で、これが火事につながったりすると、とても大変なことになる。知らないといけないので教えておくと、放火は殺人と同じレベルに重い罪で、現在の日本では極刑、つまり、死刑になる可能性があることなんだ。殺人はわかると思うけれど、放火は誰かを殺すつもりでなくても、結果として何も悪いことをしていない人がたくさん死んでしまう可能性があるから、最高の刑罰がある事件になっている。だから、理科室のマッチが持ち出され、それが学校の外で燃やされるということは、とても大変なことで、もし、小さな火事にでもなったら、理科室で授業ができなくなるどころの話ではないんだ。だから、先生は犯人が見つかれば良いと思っているし、マッチが持ち出されたことは初めてだから、見つかっても十分に反省してくれると思うし、2度と同じことはしないと信じている。逆に見つからないと、先生は最後まで犯人を見つけなければいけないし、体育館で緊急学校集会を開いて話をしなければいけないことになる。でも、今ならこれだけで終らせることができる。ほとんどの人が、つまり、マッチで火をつけたり見ていた人だけが知っている事件で終らせることができるんだ。それで、現場に落ちていたマッチはこれだ。」ここで、ポケットからマッチ箱を取り出して見せます。そして、ズバリ聞きます。「A君、もし、君がこのマッチを持っていたり、火をつけたり、友達が遊んでいるのを見てなら教えて欲しい。もし、君が持っていたったとしても、先生は今話したことを同じような口調で繰り返して確認するだけのとこだから、本当に正直に話して欲しいと思っているんだ。」

(5) A君の自白
 丁寧に(2)と(4)のように話をすると、A君は自分がマッチ箱を持ち出し、学校外でマッチをすって遊んだことを認めました。そして、同時に持ち出した複数のマッチ箱を友達に渡したことも話してくれました。その後、私はA君に教えてもらった生徒を1人ずつ呼び出し、同じように丁寧に話をしました。1人に話す時間は少なくとも3分かかりますが、逆に言うと、たった3分で生徒は真相を正直に話しました。

(6) 関連生徒(C君)呼び出し、自白させる
 「C君に来てもらったのは、本当のことを教えて欲しいからです。これはとても重要なことで、正直に言うことは大変かも知れないけれど、本当のことは1つで、それ以外には何もないから、頑張って本当のことを話して欲しいと思っています。それは、理科室に関係することで、実は、今朝、学校の理科室のマッチ箱と燃えかすが落ちていて、それを拾ってきてくれた人がいて、その場所は@@で、それはこれです。」と言って現物を見せます。そして続けます。「それで、それに関係する人を探しているんだけれど、さっきA君に話をしたら、A君は本当のことを話してくれたんだ。そして、もし、C君がそれに関係しているなら、つまり、A君がマッチをすっているところを見ていただけけも知れないけれど、これに関係することを何か知っているなら教えて欲しいんだ。どうしてかと言うと、この事件の全てがわからないと、理科室が使えなくなってしまうんだ。先生は理科室で授業がしたいし、君たちもしたいと思っているだろうし、とにかく1秒でも早く解決して、いつものように授業がやりたいんだ。」

(7) C君の自白
 C君に使う時間は、A君よりも短くなるのが普通です。なぜなら、マッチ箱を持ち出した犯人A君がC君と一緒に遊んだ、と言っているのですから。

解説:A君とC君の関係が逆でも、話す内容は同じです。そして、同じ自白が得られます。そのようにしなければいけませんし、そうすることが教育的指導です。

(8) 関連生徒を順に呼び出し、自白させる
 A君、C君から得た関連生徒について、全員をそれぞれ1人ずつ呼び出し、事情を聴きます。このケースの場合は、最終的に8人に達しましたが、私は約25分で全員から自白を得ました。芋ずる式に呼び出す時の基本は、簡単に自白することが予想される生徒から呼び出すことです。そして事実をたくさん集めることです。たくさんの証拠を揃えれば、自分に不利な真実を語らない生徒でも、簡単に自白するものです。

(9) 生徒指導部、学級担任への報告
 事件の全貌が解明したところで、生徒指導部、および、学級担任へ報告します。そして、学級担任から家庭へ連絡してもらいます。この事件は、保護者に知らせなければいけないレベルであり、保護者にも注意してもらう必要があるからです。これまでに類似する事件があったなら、対応策も考える必要があります。保護者と一緒に、2度と同じような事件がないように対応策を考える必要があります。

 以 上

2 基本姿勢の確認
 生徒から自白を得るために大切なのは、先生の基本的な姿勢です。どのような事件でも大騒ぎすることは簡単ですが、ここは学校教育の場です。悪い事件は小さくし、解決し、再発しないようにすることが教育です。事実を明確にすることは第1優先ですが、マスメディアのように広げる必要は一切ありません。失敗を失敗と認めることは重要ですが、無闇に宣伝したり公開することは教育の目的ではありません。むしろ、教育の目的に反することです。私はできるだけ事件を小さくし、小さいまま終了させように頑張りました。
→ 関連ページ『事件を小さくしよう!』

3 この事件を振返って
 これは一歩間違えばマスメディアが飛びつく大事件(理科室のマッチ箱が持ち出され、複数の生徒が学校の帰り道にマッチを燃やす)でしたが、中学校の理科の教員なら誰でも経験する事件です。長く教員をしていれば、どんなに注意していても遭遇する事故です。この事件は、最終的には、持ち出された日の翌日(発覚した当日)に全貌が解明され、それ以降同じような事件は再発しませんでした。これは私1人で99%以上解決に向けて実践した特別な事例、結果として『理想的な教育』ができたものです。大いに参考にして欲しいと思いますが、未然に防ぐことの方が重要です。

4 理科室には楽しいものがたくさんある
 理科室には興味あるものがたくさんあります。理科が嫌いな人でも、ホルマリンにつけらた小動物の標本を見て「これ、本物?!」と奇声をあげたり、美しい鉱物標本をまじまじと見たり、茶色のガラス瓶に入った薬品のラベルに興味を持ったりします。いろいろな道具や薬物の中には、とても危険なものがあるので、生徒が勝手に触ることを禁止しています。準備室は完全入室禁止、としている学校も多いと思います。理科の教員として、事故をなくすように頑張りましょう。
→ 関連ページ『理科室の安全管理』

2010年12月15日

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