このページは、旅行記『中央アジア2001夏/taka』です |
私の日記
8月26日(日) 晴(シムケント)→(タシケント)
=<シムケント市内観光>====================
・ 郷土歴史博物館
・ バザール
シムケント16.30(乗り合いタクシー)→ 17.55カザフスタン出国(徒歩)
→ 16.30ウズベキスタン入国→ 17.45タシケント
タシケント泊
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0.20 音楽
クレイジーな音楽が窓ガラスを揺さぶり続け、ついに起きた。
そのレストランはシムケントで1番賑わっている「オルダバス広場」
に位置し、ロシア・ロック生バンドを売り物にしている。昨夜はそ
こで食べたが、ボーカルの女は椅子に座ったまま歌っていた。部屋
に戻ってから窓を閉め切ったものの、大容量のアンプに厚さ3mmの
ガラス板が勝てるはずもなく、フロントに頼んで裏通りに面した部
屋に変えてもらった。小1時間は眠ったであろうか、今度は別の角
度からディスコミュージックが壁面を揺さぶっている。
「24時には終わると言っていたのに、、、」
時計を見ると、0時を回っていた。
風呂場のバスタブの蛇口をひねり湯が出るのを確かめてから(ちょ
ろちょろ)出るように調節して階段を降りた。1階のレストランの
扉が開いていて、ここからも大音量の音楽が吹き出している。近付
いて見ると、踊りの中心に純白のウエディングドレスが見える。二
十歳前だから一晩中踊り明かすだけの体力が揃っているので収集が
つかない。。このホテルはシムケントの一等地に建っているけど、
一般宿泊客の迷惑を考えれるようにならないと今後の発展はない。
0.40 自室で
500lmの水が欲しかったが、炭酸入り1リットルしかなかった。
暖かいバスタブに浸かって身体を醒まし、コップに移して水を飲む。
音は鳴りやんだけど、近くの部屋のTVがついたままになっている。
こんなことを気にしていては病気になるけど、さっきまで騒音につ
いての睡眠学習を続けいていたから仕方がない。Macの電源を入
れてますます覚醒してきた。帰国が近付いて生活リズムが崩れ、時
差は2時間しかないのに自分で時差を作っている。私の脳髄が帰国
してはいけないと命令している。
3.38
旅も最終段階に入ってきた。今回思ったことは、キルギスとカザフ
スタンは気にならなかったが、ウズベキスタンは警察がやたらに目
について鬱陶しいこと。ビザについてもキルギスは無料、カザフス
タンは5ドルなのに対して、ウズベキスタンは26000円も使った
けど、(出入国についてはまだ全部終わっていないけど)ウズベキ
スタンが一番五月蝿く、金の支払いについてもドル払いを法的に要
求、闇レートも3〜4倍で存在する。それから、国民性については
キルギスが日本人の顔に似ているからだろうか、一番気に入った。
それから、自然の中に存在する色や造型についても、あらゆる可能
性を表現している様を見せてもらい嬉しかった。白黒、赤緑の強烈
なコントラストから、完全なペールトーンの中の灰色の共演、何十
億年かわからない地球スケールの堆積岩の為せる造型、時間、褶曲
うねり、断層は私の想像の泉にあらたな源を開いてくれた。カザフ
スタンの市場は予想以上に大きく活気があった。ウズベキスタンは
いわゆる観光に終始したが、サマルカンドが一番印象深い。しかし、
今のところ今回の旅の目玉はない。シルクロードという感じも全く
しない。その昔はシルクを運ぶ唯一の道だったから『金』を求めて
過酷な条件でも歩くしかなかった、と思うとロマンより人類の欲望
や殺りくの歴史が愚かしく見えてくる。未だ見ぬ国や知識文化を求
めるなら理解できるが、それから先はだだの金もうけや欲望の道で
しかない。今はその機能を失い、シルクロードはシルクを運ぶこと
はない。人類はゆっくりと成長し、他にもっと価値のあるものを見
い出したからだ。
===
9.50 起床
TVのコンセントを壁面に差し込むと30年以上前に作られたアメリ
カ映画『裸の王様』を1人で吹き替えて放映している。朝10時の
番組はビンゴゲーム。チャンネルを変えると軍服を着た男達のイン
タビュー。
10.20 朝食
朝食券があるのを忘れていけどレストランに行ったら準備してくれた。
・ 目玉焼き3個
・ ミルクコーヒー
・ パン3切れ
・ ヨーグルト
旅する場所は、地理的なもの以外に自分内部にある。だから、一番大
切な場所は書こうとしても書ききれないし大きな誤解を招く恐れがあ
る。それでも挫けず旅を続け、描き続けることが私の仕事だ。
11.30 郷土歴史博物館
ここのお姉さん達は綺麗だし親切だけど、ずっと私の後をついてくる
ので落ち着かない。タラスの方がゆっくり見学できた。展示物は、ま
ずまずだけど、キルギスの方が私の感覚に近い
・ 9.00-18.00(休館日不明)
・ 30テンゲ
12.10 バザール
日曜日だからだろうか、人がたくさんいすぎて疲れてしまう。コカ・コ
灰の噴煙などで適当なレストランが見つからない。途中、焼き立てのサ
ムサ(玉葱と羊肉などをパイ皮で包み、釜の内側に張り付けて焼いたも
の)を買って食べたが、肉が腐っているので物乞いのおばさんに差し上
げた。
(写真上:コカ・コーラ50テンゲ)
カーテン越しに薄日が差し込むレストランを見つけた。冷蔵庫の中を見
せてもらうと、羊肉の隣から良く冷えたコカ・コーラが1本出てきた。
(写真上:シムケントのバザール)
14.30 水風呂
15.00 昼食
湯が出なくなっていたので水風呂に入ってから、昨夜のレストランに来た。
つま先は冷えきっているのに、身体は風がないので暑感じる。食事をした
らもう一度水に浸かりたい。ここカザフスタンでは午後3時だけど、ウズ
ベキスタンに入れば午後1時。同経度なのに2時間も時差があるのは変だ
けど、どちらの時刻がおかしいかといえば、ここカザフスタンだ。太陽は
じりじりじりっと、まだまだ熱くしますよぉって叫んでいる。
さて、料理が出てきたのは良いが、ピクルスが腐っている。一口食べたら
胃が勝手に動きだして涎が止まらない。テーブルの横にしゃがみ、しばら
く涎を垂れ流していた。「指を突っ込み吐き出そうか」とも考えたけれど
そこまでの元気はなかったから、後で抗生物質を飲むことにした。メイン
デッシュのチキンは血抜きが十分でなく食べ残しがたくさんできた。おま
けに、料金が89テンゲかと思ったら300gだから3倍料金だってさ。お陰
で、タシケントに行くためのタクシー代が残っているかどうか心配だ。最
後の食事は美味しく頂きたかったので少々残念だ。
15.50 チェックアウト
16.10 タクシー乗り場
市内バスでやってきた(15テンゲ)
少し歩くと『タシケント行き』タクシー乗り場があって、運転席に行き先
表プレートが置いていある車に訊ねたけれど、2台とも満席だった。表示
のないタクシーに訊ねると、タシケント行きだと言うので乗り込んだ。が
らがらだったので助手席に座った。たぶん、数10分うちには人数が揃うだ
ろう。
16.30 シムケント発
・ 乗り合いタクシー
・ 200テンゲ
・ 120km
(写真上:広い舗装道路を快調に飛ばす)
17.45 国境に到着
17.55 カザフスタン出国
地元民はパスポートを見せるだけで通過して行くのに私だけ特別な建物の
中に連れて行かれるので、いつものことながら心細い。それでも、カザフ
スタンの人達は親切で気持ちよく事務処理をしてくれた。逆に、私の方か
ら、しなくてよい質問をしてしまった。
スタンプを押してくれた役人の年齢・・・29歳
子供の数・・・1人
16.30 ウズベキスタン入国(カザフ時間18.30)
しかし、ここから曲者で、無国籍地帯数10mを歩く間にウズベキスタンの
タクシー運ちゃんが「空港に行くの?」「ホテルは何処に行くの?」って
五月蝿く付きまとう。他にたくさん人がいるのだから理由は明確。外国人
観光客を狙う悪質ドライバー共、「消えろ、ぼったくり野郎!」振り払い
追い払いアーミーにパスポートを見せたが、今度はアーミーが「カザフス
タンの税関申告書を持ってこい」と言う始末だ。カザフスタンでは必要な
いのにウズベキスタンは五月蝿いというか、、、だ。もう一度戻って申告
書をもらってスタンプを押してもらったけどカザフスタンのアーミーは親
切だよ。ボールペンは貸してくれるし、(今後、再度ウズベキスタンで揉
める場合を想定して)2通作成したところ、ちゃんと2枚ともスタンプを
押してくるし。カザフもウズベクのためにいい迷惑をかけられているよ。
それに引き換え、ウズベキスタン側に申告書とパスポートを差し出すと、
「まあ、座れ。」
そして、別な男が来て、
「タバコはないか。」
「スタンプを押してやるから20ドル出せ。」
ここに至ってぶち切れた。
「何で20ドル払わないといけないんだ!」
演技も入って全力で怒鳴ったので上司が出てきて一件落着となったけど、
頭に来ることこの上無し。結局、怒鳴られたアーミーは私のために出国ス
タンプを押してきたけど、それは当然彼の仕事なんだから。
17.00 ウズベクの税関
100人以上の人集りが出来てしまっている。仕事の怠慢に他ならない。並
んでいる方も並ばせてしまった方もストレスが溜まってきて非常に悪い雰
囲気だし、だいたい列ができるように工夫されていないから余計にイライ
ラする。なんて馬鹿な税関だんだ。私は、ツーリストと叫んでX線の装置
に荷物をほおりこみ、荷物を半分だけ通過してしまったので、「まあ、通
過してよし」ということになり一応通過した。税関申告書は2枚書けと言
われて2枚書いたけど、本当に無意味と言うか馬鹿だよ。鞄の数を申告す
る欄があるけれど、お土産を買ったら増えるに決まっているじゃないか。
そんなことで、いちいち詳しく質問したり時間を使うなよ。訳分からん。
17.20 ウズベクのタクシー
振り払った奴等は消えていたけど、同じ穴のムジナがいっぱいいて「ぼっ
たくりまっせー。」と詰め寄る。ここでの手口は、旅行者の持ち物を奪い
取る手法で、私の『ガイドブック』が標的となり、何人かで引っ張りあっ
ている。信じられない。取りかえして、地元民がたくさん乗っている『乗
り合いタクシー』に料金を聞くと、口裏を合せて「2000スム」と言う。
クタバレ、タクシー1台貸し切れる料金じゃないか!
非常識に常識は通用しない。それも無視して、歩いていったら英語が話せ
る男が出てきて、「特別に2500スムで送っていくタクシーがありますよ。」
なんて言っているけど、裏で手数料をもらってんだから気分悪くて悪くて。
結局、1500スムで落ち着いて走り出したけど、目的地についてから「もっ
と金を出せ。」と言い出し、ガイドブックを手放さない。こんなことは初
めてだ。事前に交渉した料金を守らないとは、極めて悪質だけど、これは
ウズベキスタンでは日常の一部なのかも知れない。こんなバカといつまで
も遊んでいられないので、頭にきた記念撮影をしてお別れをした。
「**!」
17.45 タシケント駅着
17.50 ホテルにチェックイン
・ ロコモーション・ホテル
・ カラーテレビ、シャワー付きシングル
・ チェックアウト12時
・ 11ドル
何故か元気一杯なので、そのまま市内散策に出かけたが、反対方向のトラ
ムに乗っているのに気がつかず、ずいぶんたってから乗り換えたももの、
パンタグラフが故障して修理にたっぷり時間を使っているうちに黄昏時も
終盤となり、屋根の上から飛び散る火花に感動するものの、地図上で何処
を走っているのか分からなくて心細くなる。小さな終着駅に着いた。ここ
は一体どこだろう。さっぱり分からん。またまた反対方向のトラムに乗っ
て「ツム、ツム」と呟いていたら、「ここで降りろ」と降ろされた。真っ
暗なので見えなかったが、そこは見慣れたツム百貨店の前だった。とぼと
ぼ人通りのまばらなだだっ広い道を北上した。
(写真上:ホテルの窓から駅を撮影していたら叱られた)
(写真上:19.45 改修工事で見学できない国立博物館前)
(写真上:20.00 バホール・コンサートホール前)
巨大な電飾をバックに歌を歌っているが、時々、国旗らしき模様が表れる。
20.05 サイールゴフ通り
22.16
ウズベキスタンは性に合わない。交通機関ではトラブルし、アーミーの態
度は悪いし、、、
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8月27日
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