このページは『Mr. takaによる、若手教師のためのワンポイント・レッスン』です。

第7.2章 子どもとは何か

7 ADHDの生徒

1 医師によるADHDの診断
 英語ADHD(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)の日本語訳は『注意欠陥/多動性 障害』です。この診断は専門の医師によって行われますが、その診断基準を一般用にわかりやすくまとめると、次の3項目分けられます。
(1)不注意  ぼけーっとしている。集中できない。
(2)多 動  静かに着席していることができず、体(または一部分)がいつも動いている。
(3)衝 動  突然、話し出したり動き出したりする。

 さて、実際の診断について専門家に質問したところ、医師によって結果が違うことがあるそうです。よほど典型的な場合は別ですが、グレイゾーンの患者が多く、その他いろいろな障害を合わせ持っている場合が多いことが原因です。したがって、1人の医師による診断は、1人の教師による生徒の『行動所見』と同じように考えてください。

2 脳の研究者が調べたADHD
 2011年現在、多くの脳の研究者は、脳(前頭葉『前頭前野』)の機能が低下しているためにADHDが起こると考えています。ADHDという診断は、脳神経科や(児童)精神科などの医師が、投薬による脳機能のコントロールを期待するための1つ判断ともいえます。

3 教育現場におけるADHDの実態
 上記で診断があいまいなことを紹介しましたが、それ以上に、この言葉は教育現場で役立ちません。なぜなら、正反対というべき2つの特徴『注意欠陥障害』と『多動性障害』を合わせた言葉だからです。前者は、教室の中で目立たず、授業でも放課でも「ぼけーっ」としています。他人に迷惑をかかる問題行動はないので、ADHDの診断を受けても人間関係でトラブルを起こすことはありません。「勉強できないなあ」「だらしないなあ」と思われる程度です。これに対して、後者は迷惑行為を繰り返します。友達とのトラブルが絶えず、授業妨害をします。ADHDという言葉は、2000年頃から日本教育界で使われるようになりましたが、2011年現在も正確に理解している先生はほとんどいません。教育現場では、直接役立たない医学用語なので当然です。学校では、生徒の行動に即した分類をするべきです。(生徒を分類する必要があるなら、ですが・・・)

4 『不注意なADHD』の生徒にどうするか
 あなたの学級に医者からADHDと診断された生徒がいるなら、上記のどの項目に当てはまるか保護者に教えてもらいましょう。それによって指導方法は変わります。『不注意』の場合は、低学力の生徒と同じように、ていねいに繰り返し教えるだけで十分です。すぐに忘れたり、ぼけーっとしたりしますが、根気づよく練習していきましょう。そして、自分で集中できる時間を少しずつ長くしていくようにしましょう。

5 『多動、衝動のADHD』の生徒に対する基本的な考え方
 『多動』と『衝動』の場合は、放課中に友達とトラブルを起こしたり、授業妨害をしたりすることが多くなります。ただし、トラブルは本人の意思によるものではなく、脳の特性から自動的に起こるものです。反抗しているからでも、怠けているからでもありません。先生の指導はその場限りのものである、と考えてください。それでも、繰り返し同じ指導をするうちに、少しずつ学習していくので、「何度言ったらわかるんだ」と大声を出すのではなく、同じことを丁寧に何度も教えてあげましょう。とてもゆっくりですが、成長していきます。

6 『多動な生徒』の授業
 多動な生徒はちょっとした刺激に反応するので、いろいろな意見が飛び交う授業はとても困難です。多動性が増幅するからです。したがって、多動なADHDの生徒に対しては、刺激が少ない明確な課題を与えましょう。ただし、1つの課題に長時間とりくむことが困難なので、次から次へ新しい課題を準備してください。ちょっと目先を変えたり、色を変えたり、配列を変えたりするだけでもオッケーです。できるだけ具体的に、前とは違う課題を与えてください。

7 『衝動的な生徒』の授業
 突発的に授業と関係ないことをしゃべり始めたら、その話に関わらないことが第1です。相手をすると、どんどん脱線していきます。場合によって、はっきりと制止することも必要です。なお、別ページ『五月蝿い生徒を活かす』では、エネルギーにあふれた生徒を積極的に活かす方法を紹介しています。ADHDと同じように見えますが、正反対の指導方法です。簡単に紹介すると、先生は積極的に生徒と関わり、授業の主役にします。1時間に10回以上指名しても、毎回楽しく元気よく答えてくれる生徒もいます。黒板に板書してもらうのも良いでしょう。先生と生徒の2人で会話することで、一斉授業で眠くなった生徒が目覚めることもあります。

8 放課中のトラブルは、過去を振り返るチャンス
 『多動、衝動性がある生徒』は、目の前にある刺激だけに反応します。過去を振り返ったり、未来を予測したりすることが苦手です。しかし、友達と大きな喧嘩をした場合は、それを反省する必要があります。保護者と一緒に、過去を振返ってみましょう。とても大変な作業ですが、トラブルは過去を反省する絶好のチャンスです。悪い方ばかりに考えるのではなく、良い機会だと思って、積極的に利用しましょう。

9 ADHDの主な傾向
 ADHDの生徒は、以下のような個性を持っています。この個性は悪いものでも良いものでもありません。本人の努力と周囲の援助によって少しずつ成長していくものです。以下にまとめた(ア)〜(ス)は『傾向』であり、絶対的なものではありません。
(ア) 約束したこと(過去)を記憶できない
(イ) 自分でやろうと決心したことも忘れてしまう
(ウ) 自分の失敗も忘れてしまう
(エ) 過去の記憶や経験を生かすことができない
(オ) 周りに影響されやすく、自分の意思で自分の行動を決定できない
(カ) 周りに影響されやすく、社会のルールを守ることが難しい
(キ) いつも面白いことや興味あることを探している
(ク) 状況を判断しないまま、面白いことに飛びつく
(ケ) 静かに着席していられない
(コ) 同じことを根気づよく続けられない
(サ) 夢中になると、周りが見えなくなる
(シ) 今、もっとも大切なものが判断できない
(ス) 未来を予測できない

10 ADHDと合併症
 これまでは、ADHD単独について紹介しましたが、実際は、他の障害と合併しています。友達とトラブルを起こし、一斉授業の妨害まで発展しやすい合併症として、『反抗挑戦性障害』と『行為障害』があります。とくに、『多動、衝動のADHD』とこれらの障害が同時にあるときは、通常の一斉授業を行うことは、極めて困難です。保護者の付き添いを含めた、十分な対策が必要です。他の生徒に重大な迷惑をかけ、その結果として集団生活ができない状況にならないよう、十分な対策を配慮をしましょう。

11 医師を中心にした療育(りょういく)
 一斉授業を行う先生には限界があります。同じクラスの生徒と保護者から、完全に背中を向けられてしまう前に、「私の1人の力は限界に近づいています」と言わなければいけない場合があります。そして、保護者と協力しながら、その生徒に適した方法を探りましょう。放課中も授業中も目が離せず、何度でも同じ失敗を繰り返しますが、本人の意志ではないことだけを肝にめいじて、頑張れるところまでやりましょう。教師の『教育』に限界を感じた時は、医師を中心にした『療育』に切り替えるべきです。

12 まとめ:ADHDという診断結果に惑わされない!
 ADHDという診断が出ても、生徒1人ひとりを個別に見て、それぞれに適した指導をするようにしましょう。症状は1人ずつ違います。専門の医師でもはっきりした療育方法が分からないことが多いのです。個別に向かい合いながら、ベターな方法を探しましょう。昔から診断名こそありませんでしたが、私は同じような特徴をもった生徒を何人も経験してきたので、ADHDを含めたいろいろな医学的な診断名から生徒を見ないようにしています。すべての生徒は、それぞれに素晴らしい個性を持っています。いわゆる「普通の生徒」という見方は、その生徒を十分見ていない結果です。

2011年2月3日
節分(旧正月)

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