このページは、旅行記インドネシア2000夏です

  私の日記
          

  8月5日               
  
◎ ビアク初日=================
     8.40ウジュンパンダン(飛行機)→ 12.30ビアク
  ・ 旅行許可証の取得
  ・ シュノーケルリング
                       ビアク泊
  ==========================

    昨夜は、蚊や隣の部屋のライトなどで何回も起きた。
    暑い夜中に蚊帳を吊ったり、寝袋を出した。

6時起床。

シャワーを浴び、髭を剃り、パッキングを終え、朝食。
マグロを焼いたもの。ベイビーマンゴのサラダ。うまい。食後はバナナを揚げてから、バターで焼いて砂糖をからめたもの(写真右)。うまい。全て奥さんの手料理。

  7時。空港へ。バイクで行くかと思ったら乗合いタクシーだった。
  料金はフサインが払ってくれた。


(上:玄関前で記念撮影。)
 左から近所の青年、私、フサイン、子供、子供、奥さん。

   7時半チェックイン。順調。

   空港内でコーヒーを飲んで日記を書いた。
   フサインとさよならした。彼はピストルを隠し持っていたが、
   待合室に入る時、係員とひと悶着。
「俺は警察官だぞ。」
   そうだけど、今は私服だろう!」「固い事を言うな。」「い
   や、規則は規則だ。」結局、彼はピストルを預けて最後まで
   見送ってくれた。このように、彼はとても良い人だけど、2
   4時間べったりで自由がちょっと、、、。

   8時40分
   飛行機は予定通り飛び立った

 12時半
 ビアク着

 時計の針を1時間進めた

 小さな空港。ガイドはほとんどいない。外に出て、タクシーを拾
 う。私の
K自動車を黄色にペイントして、赤のイルミネーション
 
3本を吸盤でフロントガラスに貼って、バララパララと点滅させ、
 50Wのサブウーハーとスーパーツイーター4つで、
ファンキー
 な曲
をがんがんに鳴らす。左右のウィンドーの雨除けは、(無色
 透明→)
蛍光ピンクにスプレーされ、スピードメーターにつけら
 れた
コンソールBOXに飾られたセットと見事なマッ
 チングを見せている。これで、バリ島、スラウェシ島、ビアク島
 と3つめだけど、
全く違う国にきたみたいだ。1番貧しかったの
 は南スラウェシのトラジャだと思う。山岳地方だから、食物を作
 り難いのが原因だと思う。バリは完全に観光客によって成り立っ
 ているけど、貧富の差というか(どういうわけか「貧」の感じは
 なかったけど)安い料金で旅行できて嬉しかった。これは、資本
 主義の原理にのっとり、業者間の競争によって価格の沸騰を防い
 でいるのだろう。

 タクシーでセントラルに来た。適当に降りて、地図を見て、それ
 から散々に歩き回った。
まず、漁港に行ってコーヒーを飲む。そ
 この人々は、一応興味をもって私に声をかけるけど、それまでだ。
 けっこう個人主義が発達していて悪くない。ロンプラ(旅行ガイ
 ド)を読み耽る。
ダイブショップを尋ねることにした。地図の通
 りに歩く。あった。しかし、そこは
4年前の地震で大被害を受け、
 2年前に最後のスキューバ器具も壊れ、ボートも朽ち果ててしま
 ったそうだ。悲惨。「他にダイブショップはある?」と聞いたら、
 移動(転居)したけど、ココにあると言って教えてくれた。親切
 で感じの良い人だった。

 次のショップに行っても同様だった。今は何もないそうだ。今後
 の見通しもなさそう。(ビアク空港は1995年まで国際空港だっ
 たが、今は違う。)

 ポリスに行って旅行許可証を発行してもらうことにした。これか
 ら行く「イリアンジャヤ」の奥地で必要になる。写真5×5cm
 2枚、パスポートのコピー1枚。それだけでいい。無料。5000
 ルピーから20000ルピー請求されることもあるけど、私はラッキ
 ー。専門のポリスじゃなかったみたいだし、一生懸命おだてたか
 ら。おまけに彼は、「今晩7時、私のホテルまで届けます。」と
 言った。

 3時10分。食堂に入って、鯛の頭の丸焼きをたべる。50cm
 級の頭だ。味が濃い。
手で食べた。しかし、周りの人々はスプー
 ンとフォークを使っている。文化が違うのだ。だけど、私は手で
 食べ続けた
(一体、何者?)。丁寧に食べたので、頭はバラバラ
 になった。チリソースと塩をつけて食べた。うまった。

   3時40分。ガルーダ航空のオフィスに行ったけど閉まって
   いた。今日は土曜日だから仕方ない。

 4時20分。タクシーで空港前のホテル・イリヤンに来た。ここ
 までは重い荷物を背負ったままなので、汗でべたべた。ヤな感じ。
 チェックイン。スタンダードで45000ルピー。悪くない。

 (写真:ホテルの中庭)

 

 ビーチへ行きチェックしてから水着にかえ、
マスクとシュノーケル
 を持って海に
出た。遠浅で100〜150メートル歩いた。珊瑚が始ま
 ったけど、
大半が死んでいた。巨大なヒトデと真っ黒なウニが列を
 なしていた。ウニの列は美しい。触ったら死んでしまいそうだけど
 (直径10cm、針を含めると40cm)。
を見たり、岩に隠れる
 
海老の触角をひっぱったりした。ポイントを変えれば、そこそこに
 珊瑚があった。

 5時50分。シャワーを浴び、洗濯し、市街へ出る。ナシゴレン
 (6000ルピー)とエス・スス(2000ルピー、氷ミルク)を飲み、
 
クロロキン(14錠=3500mg、2000ルピー)と長袖シャツ
 (57500→50000→42000ルピーで一発オッケー。もっと値切
 ればよかった?Levi’s?)
を買う。

 7時半。ビールを飲もうとしたら、ポリスが来て帰ったと言うので、
 取りに行くことにする。ホテルの車を使えと言われたけど使わない。
 15000ルピーもするから。

 ポリスに行くと別室に案内され、人相の悪い警官(ついでに英語
 も話せない)が
「20000ルピー払え。」と言う。払うわけがない。
 分からない振りをして、それでも、五月蝿いから、英語で説明し
 てまくって、最後には「さっき払った」ような振りをして頑張る。
 
結局、握手をして釈放された。

   街では、教会で結婚式をやっていた。新郎は背広、新婦はド
   レスだった。

   時間が遅くて乗合いタクシーが無くなってしまったので、バ
   イク・タクシーで帰った。ヘルメットをかぶり、2000ルピ
   ーだった。

 9時消灯。

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私の日記 8月6日

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