このページは旅行記『パキスタン』PAKISTAN DEC.2003- JAN.2004 です |
ガンダーラの遺跡『ブトカラNo.3』への道は分からない。ファサンに手伝ってもらい、数人のリクシャー運転手と輪になってに相談したが、どんなに説明しても目的地の写真を見せてもダメ。結局、地図を見ながら近くまで走ってもらうことになった。
数日前に訪れたミンゴラ博物館の横を曲がり、リクシャーのネジが弛んで分解してしまいそうな、がたがた道を走る。1、2キロ走ったところで住民に訊ねると、走って来た道を戻れとか、もう少し先を曲がれとか、ここまで来ても知る人がいない。最後に頼れるものは自分なので、地図を正確に読みとり、適当な道を曲ってもらった。遺跡の臭いはすれど、リクシャーが走れなくなったのでチップを弾んで帰ってもらった。
斜面を降りて来た男性に『ブトカラNo.3』の写真を見せながら質問すると、この坂道を登れば良いと言うので、足取りも軽く斜面を登った。遺跡は半径1キロ以内にあるはずだ。
「あ、遺跡だ。」と望遠レンズで撮影したのは民家だった(写真上)。レンガを積むだけの建築スタイルは、ガンダーラ文明が興った紀元前2世紀から変わらない。それらしい建造物は、全て遺跡に見えてしまうのだ。あああ、遺跡はどこなんだ!
興奮して民家を撮影している黄色人を見つけた少年は、私を手招きした。しかし、私は「時間がないんだ。君と遊んでいる暇はない。」と、民家の敷地内へずんずん進んで入った。見るに見兼ねた少年は、私のところまで駆け寄り袖を引っ張った。
彼の案内がなかったら、たった数10メートル離れたところにある遺跡にたどり着けなかったと思う。
遺跡は地下10メートル程度に埋もれていた。発掘された当時は、貴重な仏像がたくさん発見されたが、今は何もない。博物館に移動したもの、盗まれたもの、自然崩壊したもの。すぐに金品と交換できるものは全て失われてしまっている。
ストゥーパの周りをぐるりと歩く。
山盛りの大便が、ストゥーパを取り囲んでいた。近所の子どもか観光客か。確かにポイントとしては絶好だけれど・・・仏の1つでも残しておけば、もう少しマナーが出てくると思うんだけれど・・・
少年とは会話できなかったけれども、彼はずっと私の後をついていた。別れる前に、一緒に記念撮影をした。どうもありがとう。
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