このページは、学級通信2年D組『枇杷林檎びわりんご』です。

 枇杷林檎 228号(最終版3/6) 2001年4月6日(金)
                         228号と299号は、吉岡先生からの最後のメッセージです。

 
この一年間             
                       
吉岡二三代

 今からちょうど1年前の4月4日。会議の時、私は2年D組を「福地孝宏」という先生と2人で担任することを初めて知った。けれど、どの人かわからない。「こんにちわァ、福地でェす。」と先生は声をかけてくれた。明るい感じの先生だなぁと思った。学級のことは先生にお任せして、私は事務的なことだけお手伝いすればいいかなぁと思った。ところが、打ち合わせの時、開口一番、「D組をどうやっていきましょう。」の一言。私の気持ちは一変した。同じ立場でやっていこうとされている姿勢に、こういう考えの先生なら全面的に信頼できる先生だと直感した。よし、私も精一杯やろうと思った。

 そして、4月6日。みんなと初めて出会った日。この日ばかりは毎回ワクワクする。あの名前の子はどんな顔かな。自分の想像と同じかな、違うかななどと楽しいものだ。始業式を終えて、教室で席に着いている君たち一人一人に春の日差しがさんさんと降り注いできらきらとまぶしかったことを今でもはっきりと覚えている。窓の外には桜の花が満開だったね。

 それから風薫る5月に入って家庭訪問。私が迷ドライバーで、福地先生が名ナビゲーター。保護者の方とお話をするのは私も大好きなので4日間があっという間に過ぎていったという感じだった。

 6月下旬、学級で笹飾りがしたい、と福地先生に言ったら、「いいですよ。」と、でかァーい笹を持って来て、教室の天井からぶら下げてくださった。みんなで願いごとを書いたり、折り紙でおり姫、彦星を作ったのを飾ったりしたよね。風が吹くたびに、サラサラサラーと音がして、何ともいい感じ。梅雨時の蒸し暑さも、さわやかな気分にしてくれた。その下で汗をかきながら百人一首をやったね。覚えているでしょ。

  7月に入ると「暑い」、「暑い」の二文字が「枇杷林檎」の中にも踊っていたっけ。サマーフェスティバルの芸人にD組の子があんなにすばらしい踊りができるとは驚いた。見事な踊りっぷりに感動した。いつもの年ならうれしい夏休みなのに、みんなとしばし別れなければならないと思うと、寂しかった。そして、福地先生が無事にイリアンジャヤから帰国されることを願った。

 待ちに待った2学期。みんなの顔がそろって、とても嬉しかった。2学期は行事がたくさんあって、時間が過ぎるのが早く感じるとは知っていたけれど、今年ほど早く感じた年はなかったなぁ。

 体育大会では、選手決めからわかっていたからD組の生徒が走る番になると、自分の本部記録の仕事も忘れて、テントの前まで出ていって、大きな声でエールを送ったんだよ。普段の顔とは違って、水を得た魚のようにスイスイと抜いて走った子もいたね。私の考えは結果より、どんな闘い方をしてかが大切だと思っている。自分として精一杯やれたなら、それで十分だと思うよ。だれも文句は言わないさ。応援コンクールってどんなものかわからなかったけれど、D組はよくそろっていたよ。みんなでアイデア出して練習して、「オッハー」ってなつかしいね。

 体育大会が終ったらすぐ稲武だったね。私自身は8年間連続で稲武へ行ったことがあるんだ。だから、「うわー稲武だァー」ってトーンが下がるのって良くないよね。みんなにとっては初めてなんだもんね。(それでも、初めの3回ぐらいは眠れないほどうれしかったんだよ。)だから、あの時にうれさしを思い出すように努力している。各実行委員が熱心に練習したり、準備したり、話し合ったりと千鳥丘の子たちはとても手際がいいというか、そう計画性があるということだね。とってもいいこと。ダラダラと時間ばかりかけるのは私も苦手だから、みんなの活動の様子を見ていて、稲武が近づくにつれ、とても楽しみになってきた。それに先生たちも燃えていたしね。私も、その仲間に入れることがうれしかった。

 そして、稲武当日。空は晴れ渡り、さい先がいいスタートって感じだったね。稲武は深い山の中にあって自然が息づいていた。その中で見る、みんなの顔も教室での顔とちょっと違って特別に見えた。空気が澄んでいるからかな。寝るところも食べることも、みんな一緒だと、仲間って感じがしていいね。大げさに言えば運命共同体ってとこかな。夕食のカレーはどうだったァ。まぁ、食べられないほどひどかった班はなかったよね。私は先生のぶんを作る係だったんだ。手慣れたもんさ、と言っていたものの、秋山先生にほとんどやってもらっちゃったけれど。それでも失敗はしない、って自信はあったよ。失敗する第1の原因は、水の量だよ。これを初めから大めにしちゃうとシャビシャビカレーになっちゃう。初めのほうは少なくしておいて、だんだん足していけばいいのよ。今ごろこんなこと言っても駄目だね。でも、これからのために聞いておきなさい。

 夜のキャンプファイヤーとトーチは今でも目を閉じるとその光景がはっきりと思い出せるよ。赤々と燃え上がる炎にみとれてしまうというか、火を通して何か見えないものをみつめようとしてしまうのは私だけだろうか。火には神秘性を感じてしまうんだ。だから、トーチの美しさは神の舞のように映って「うわァー」と思っている時、心がどこかへ飛んでいってしまって、我に返ったときにやっと戻って「きた」って感じだった。不思議なものが火にはあるって思うよ。ファイヤー係もトーチ係もすごく練習したり準備したりしていたから、やり遂げた時は努力した分が全部喜びに変わって自分に戻ってきたんだろうな。それが終わってからみんなが、地面の上に寝転がって星空観察をしたことも忘れられないなぁ。夏の大三角が見つけられたんだもん。D組の合唱曲が「空駆ける天馬」だから、白鳥座を見つけようとして、いろいろ見方を調べたけど、わからなかった。

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