このページは、旅行記『中央アジア2001夏/taka』です |
私の日記 8月1日(水) 晴れ(37.3度C:14時)
=<ブハラ2日目>=================
終日 ブハラ観光
1 ハマムにトライ→ 失敗
2 ブハラ市美術館
3 夜の散策
ブハラ泊2
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7.30 起床
朝食を8時にしてしまい、だらだら。
7時にしておけば良かった。
7.35 風呂
8.00 朝食
9.10 朝寝
↓
11.30 起床
腹はあまり減っていないけど、観光客でレストランが溢れる前に食べよう
11.40 昼食
いつものレストランで、ちょっと変化をつけて
それから、ハマム(蒸し風呂)のも挑戦するのでビールも飲む
(上:ラビハウズ前のレストランにて)
→ 独りごとのページ
(上:ビール2杯めになっちゃいました)
15.15 ハマム(旧市内中央)にトライ
地元料金900スムなのに、昨夜のチェックでは入場料2000スム、マッ
サージ7000スムと法外なぼったくり料金を請求された。雰囲気も良く
ない。だけど、1番古いハマムなので是非チャレンジしてみたくて、
現金900スムだけを持って来た。マッサージ10分位してくれるだろう
と踏んだからだ。しかし、昨日と同じおっさん(目玉がギョロっとし
た禿)と兄ちゃんが出てきて「2ドル」「7ドル」「とにかくあっち
で着替えろ。パスポートはそこに置いとけば大丈夫」とか支離滅裂。
私は本当に900スムしか持っていないかったので最終的に、「しっし
っしっ」と追い返された。本当に気分が悪い。たぶん、営業時間な
のに地元客が1人もいないので、勘違いして入った観光客からぼった
くって生活しているのだろう。結論として、マッサージによるサービ
スは期待できない。
15.45 ハマムにトライ2(ホジャ・カズィヤン・メドレセの正面)
あるにはあったけど休業中。理由は分からない。暑い夏だから?
16.00 ブハラ市美術館(タキ・サラファンの西100m)
常設展示はつまらないけど、児童の絵が面白かった。撮影しようとし
たら断られた。そんなにしなくても、いいのに、、、ブハラ市の芸術
文化が死んでしまいますよ。もっと、みんなにオープンにすればいい
のに、、、
16.45 帰宿
16.47 風呂
17.10 消灯
↓
18.30 起床
やっぱりだらだらしたままで、ここブハラは私のリズムに合わない。
その理由は、子供から大人まで私に声をかけ過ぎること、暑いこと
(これは違うな)、遺跡めぐりに飽きてきたこと(初めから興味あり
ません)、人々の生活感が感じられないこと、ハマムに人々がいない
こと(ぼったくられただけ)、観光地としての完成度が高いこと、遺
跡そのものが私に美的満足をそれほど与えないこと(けっして悪いわ
けではない)、世界遺産に指定されていること、観光バスがたくさん
いること、フランス人の団体さんがたくさんいることなどである。こ
このホテルの満足度は高いので、もう少しまったりしてもいいけど、、、
ああ、馬鹿なことを書いているうちに、1日のうちで一番過ごしやす
く、美しい時間が過ぎ去ろうとしているけど、そうした緊張感のうち
に仕事をするのも美しい。ああ、散歩もしてみたい。
20.10 市内散策
(上:遺跡の多くは土産屋になっている)
カラーン・モスクとカラーン・ミナレットは美しい
『くすんだ赤茶色』が基調の日干しレンガはは、自在な組み合わせに
よって色が微妙に変化する。それに美しいブルー、黄、焦茶がハマっ
ているんだけど、その割り合いが少ない分だけお洒落でたまらない。
カラーンミナレットは物売りや物をねだる子供たちで五月蝿いけど、
ブハラで一番のお薦めスポットだ。そうそう、昨日の夕方、このミナ
レットに登って夕日を見ました。みなさんも見て下さい。
それから、アルク城まで歩いた
けど閉っていた
ガイドブックを読むと
ハラ発祥地であり
レギスタン広場もここにあった
明朝早く出直そう
21.10 夕食
いつものレストランで
(上:シャシリクと豆とポテトとビールと)
22.00 帰宿
22.15 風呂
22.50 消灯
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8月2日
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