このページは旅行記『ヨーロッパ北東部』 2004 jul -aug です

私の日記

2004年8月5日(木)      快晴
                      
◎ ワルシャワ市内観光==========
6:30 ワルシャワ着
・ 国立博物館
・ 
軍事博物館
・ ショパン博物館
・ ギター屋外コンサート(どこかの銀行?)
・ 聖アンナ教会
・ 1944年のワルシャワ蜂起記念碑
                       ワルシャワ泊
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0:30 リトアニアとポーランドの国境
 パスポート! がんがん扉を叩きながら車掌が起こして回っている。私のコンパートメントは、中段に寝ていたイタリア人が扉のチェーン錠を外し、ロックを解除して扉を開けた。部屋の蛍光灯もつけた。これで必要以上に扉を叩かれる心配はない。イタリア人がパスポートを準備しているのを尻目に、私はしらばく審査に回ってこないだろうとタカをくくり、腰に巻いている貴重品袋を確認して頭から布団を被った。検査官が来た。女性だった。ズボンを履いていなかったので、パスポートを手渡してから、ごそごそとはいた。日本人だと分かると、扉の陰にいた男性係員に私のパスポートを渡し、機械で磁気コードを読み込ませてから、入国スタンプを押した。私は押す場所を指定した。/ 再び寝る体制に入ると、また、扉をどんどん叩いてパスポートを請求するので、「もう、私は終わった。」と言うと、今度は2人連れの違うお兄さんなので、しかたなくパスポートを出すと、また、磁気コードを読み込んでからスタンプを押した。何で2回も押すのか不思議に思ったが、スタンプを見ると、1つはリトアニアの出国スタンプ、1つはポーランドの入国スタンプだった。

5:00頃
 車掌が、コーヒーを持ってきましょうか、と尋ねに来た。

(上:85度Cで、軽い口内火傷。付け合わせのチョコレートクリーム入りクロワッサンは美味しいだけでなく、火傷に効く軟膏のようでもある。)

6:00 ワルシャワ中央駅に到着
 巨大な駅に到着した。今まで地上駅ばかりだったので、真っ暗な構内や何本もあるプラットホームに驚いた。電光掲示板の時計が1時間づれているのを見て得した気分。これは時差の関係。

(上:ワルシャワ中央駅のプラットホーム)

 それから宿に到着するまでが大変だった。まず、両替。

 灯りがついている銀行をたった1つ見つけ、窓口の両替率を見ていたら、学生が蛇の列を作った。「あー、何でだよー。誰か代表で両替えしろよ!」と、香港の学生達に憤ってみたものの、利がないので諦めた。再び構内を歩き回る。そしたら、幸運にもキャッシングマシーンを発見。カードを入れて、最高金額500を引き出した。感動的な瞬間だったけれど、その現金の価値がさっぱり分からない。やっぱり、100ユーロ紙幣を両替えしたかった。

 地上に出た。

 地図を見ながら東西南北を確認しているんだけれど、地図と実際の地形、道の名前が合わない。停車中のタクシー運転手を掴まえて、道路標識で道の名前も確認して、ここが『ワルシャワ・ポヴィシャレ駅』であることも確認して、徒歩10分の距離にある目的地『1つ星ホテル』へ向かって歩き始めた。

 30分歩いた。

 ない。この間に、少なくとも7人に訊ねた。道路掃除のおじさんや、立派な身なりをした紳士や、英語の話せそうな学生に声を掛けた。だけど、分からない。明確になった間違いは、スタート地点が『ワルシャワ・セントラル駅』ではなく、『ワルシャワ・ポヴィシャレ駅』だったこと。我ながら情けない。本当に御苦労さまでしたが、お陰で市街の広さを把握できた。

 それから、『ワルシャワ・ポヴィシャレ駅』では、明日の夜行列車を

7:20 ホテル『ロゴス』にチェックイン
・ シングル(ラジオ、洗面台付き)60
・ トイレとシャワーは共同だけれど、部屋は広くて快適
・ 朝食 10

(上:エレベーターで5階まで上がった、私の301号室。)

8:10
 シャワーを浴びて鬚を剃り、着ていたものを全部洗濯してほっとしている。ヴィリニュスで3連泊するより、ここで1泊長く滞在した方が仕事がはかどりそうだ。・・・それから、1時間日記を書いた。非常に良い感じ。


(上:ポーランドのお金)

     ↓
    しばらく朝寝
    ↓
   長袖シャツが乾いていた
   ↓
  それを着て市内散策へ

 地図にしたがい南へ歩けど
 幹線道路がない。

 ループした自動車専用道路と立体交差した鉄道路線はあるけれど
 道がない。

 進路を西へとり
 高架下を歩いた。

 高架下の空間を利用した小さな商店街を見つけた。
 入り口でパン屋を見つけ、パイを2使った。

(上:葡萄パイとアップルパイ。いずれも1.5zt、合計40円。午前10時47分)

 商店街で、よく冷えたサラダや温かそうな揚げ物、よく煮込んだ鶏を並べている店を発見。パンに挟んで食べるようになっている。とても美味しそうだけど、今さっき甘い(美味しかったけれど)パイを食べたばかりなので我慢する。とぼとぼ。/ それらか、バスの1日乗車券を販売していそうなキオスクを見つけ、日本語で購入に挑戦。なんとか成功した。7.2(250円)。これでやっと、ワルシャワにも馴染めそうな気がしてきた。さらに、その店でバス乗り場を訊ねたら、何と、私が歩いてきた高架の「上」がそうだった。まさか3階建てのビルぐらい高さがあるので、そんな上空を路線バスが走っているとは思わない。

 高架の上に登ると、中央に路面電車が走り、その横を自動車を市バス走っている。制限速度いっぱい、本気で走っている。片手をあげてバスを止めようとしても、運転手に阿呆じゃないの?という顔が、いつまでもいつまでも私に向けられるだけ。フクロウのように180度以上まわりそうな勢いだった。

 とぼとぼ歩く。

 右手前方に博物館らしきものを発見。
 地図で確認すると国立博物館だった。


(上:高架の上を走る路面電車。この写真の右手に写っているプラットホームは永遠に伸びていて、次の駅まで歩いていける。様子が分からない私は、1区間だけ歩く行ことにしたけれど、トンでもなく長い距離だった。1日乗車券を買ったんだから、まず1区間乗るべきだったと反省。でも、てくてく歩いていたお陰で国立博物館を発見できたあkら、結果は最高です。)

11:20 国立博物館
・ 入館料 15(スタンプで、13を訂正)
・ 写真撮影禁止
・ 企画展『Edward Hartwig(1909-2003、写真家)』が、面白くて40分以上消費する
・ その他の常設展も、地元作家の作品、宗教関係の収集品など見ごたえがあり、1時間半消費する。

(上:国立博物館の前で)

14:15 軍事博物館
・ 入館料と撮影料(6と5)

↑ 画像をクリックすると入館できます

 詳細は忘れてしまったが、軍事博物館を見学中、どうしても気になることがあって、鉄道駅で明日の乗車券を買い直した。買い直した時間は15:45。/ 路線バスに乗って中央駅へ行き、売り場窓口で約20分待ち、やっと順番がまわってと思ったら、窓口の姉ちゃんが何を言っているのか全然分からなくて、英語の通じる案内窓口に約10分並び直し、乗車券の払い戻し(出発便を変更する)方法を教えてもらって、しかも、用心のため紙にポーランド語で時間や料金まで書いてもらって、それから、再び、一般窓口に並び直して約20分待ってから、その紙片と変更したい乗車券を見せたのに、いきなり怒り出して立ち上がり、「外国人の案内窓口に行け!」と、ガラス窓の向うから指差すなんて酷すぎる。結局、私の粘りがちで、10ztのペナルティーを払うことで、交渉は成立したけれど、そんなに怒らなくても良いのに・・・2等寝台、2号車の35番。初めの値段は、63.5zt? もー、ワルシャワの鉄道駅は無茶苦茶怖いお姉ちゃんがいるから注意したい。


(上:気分転換を兼ね、駅構内で食べたサンドウィッチ。→ まずい)

16:30? ショパン博物館
 ショパン愛用のピアノや
直筆の楽譜に見入った。

(上:ショパンの手と私の手)


19:00? ギター屋外コンサート
(場所:どこかの銀行?)
 非常にセンス溢れる演奏だった。
 地元ラジオ放送局が生放送していた。

(上:ギターカルテット。
本日のプログラム

20:00? 聖アンナ教会


 大量のバスが荷物を積み込んでいた。不思議に思って


(上:画像を
クリックすると簡単なパンフレットが表示されます。)

21:00? 1944年のワルシャワ蜂起記念碑


(上:)


(上:)


(上:)


(上:)

22:00 夕食
 ほとんどの店が閉まっていた。
 小さな売店で買ったチップスとビールを夕食とする。

(上:こんな日もある)

23:00 消灯

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私の日記 8月6日

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