このページは『イラン旅行記 2004冬』 2004 dec -2005 jan です

私の日記
2004年12月29日(水)      くしゃみが出る寸前の晴れ
                      
◎ エスファハン散策==================
1 
マスジェデ・エマーム
2 
マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
3 
アーリー・ガープー宮殿
4 
自然史博物館
5 
細密美術博物館
                          エスファハン泊2
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7:00 起床
7:10 チェックアウト
・ 大通り沿いに歩き、本日の宿を探す
・ 1番初めに予定していたところは、15ドルだけど寒くて暗い→ パス
・ 次に予定してたところは、看板がイラン語のみ
・ それから何軒か発見できずに通り過ぎる
・ 食事ができそうな適当な店を発見→ 入る

7:30 朝食
・ 通りに面したお店で

(上:羊の臓物を中心にした料理。ただし、私の皿には肉が多いので、正面に座っている客が店長に文句を言っていた。「旅人なんだからサービスしたんだ。」と応えていたと思う。食後のチャイ付きで10000リアル。)


(上:店長と料理。下の鍋には心臓、腎臓、胃腸などの臓物、上の鍋には羊の頭、脳味噌、皮が入っていた。)

8:10 チェックイン
HOTEL PARS

(上:私の部屋)
・15ドル(130000リアル)を90000リアルに値引きしてもらった
・ 建物全体が暖かいので大変よろしい
・ 全体に小さいので安全面もよろしい

 チェックイン
 ↓
 荷物を置く
 ↓
 ただちに出動

 しゃみが出るほどではないが、久しぶりの太陽に驚く。
 帽子を持ってくれば良かった。

 エマーム広場に入る前に、マスジェデ・エマーム(マスジェデ・エマームとは、その街における中心となるモスク)に行こうとした。しかし、これが失敗だか成功だか良く分からない話になってしまった。単純に考えれば、世界遺産に指定されているエマーム広場とマスジェデ・エマームが連続しているのは当たり前の話だが、市内地図を見て歩いているうちにから、裏側から入りたくなり、当然のように路地の迷子となった。そこでの発見は小さな路地にはヤズドと同じ土と泥で作られた建物が多いこと。アスファルトとレンガだけの街じゃなくて良かった。


(上:エマーム広場の中央西に位置する宮殿から、中心となるマスジェデ・エマームを望む)

8:50 マスジェデ・エマーム
 下の画像をクリックして見学しましょう。

(上:マスジェデ・エマームの正面で記念撮影)

マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラー
・ エマーム広場の中央東にある
・ 宮殿の反対側の丸いドーム
・ 3000リアル
・ 非常に美しい
・ うねうねしたプルシャンブルーの柱が印象的

(上:エマーム広場からみた正面入り口を写す。)


アーリー・ガープー宮殿
 下の画像をクリックして見学しましょう。
(上:エマーム広場からみた宮殿)

 それから、エマーム広場に面したバザールを歩いた。銅板を使った鍛冶屋さんに見とれていたら、ストーブの隣に招待された。しゃがみ込んだまま見つめていたら、道行く観光客は私の方ばかりを見ていた。「私は、ただの日本人観光客です。」「どれだけ見てもらっても無料だけれど、誰か、何が面白いのか教えてくれないかなあ。」


(左と上: 銅板を切ったり叩いたりしながら、ピッタリサイズの入れ物を作る鍛冶屋さん。何回も叩けば、金属はひっついてしまうんだよね。それから、金属は伸びるんだよね。当たり前なんだけれど凄い。ストーブの上のやかんが、妙に気になる今日この頃でした。)

12:00 展望チャイハネ
・ バザールの入り口西側
・ 3000リアル

(上:エマーム広場を一望するものの、良くも悪くもない感じ。)

12:20 バザーレ・ゲイサリーイェ
・ エマーム広場の北側と直結しているエスファハーン最大のバザール

(上:その巨大バザールの入り口)


(上:入り口に書かれていた絵。)


(上:入ってすぐのところにあるエマームホメイニー師の肖像画。)

13:00 自然史博物館
 下の画像をクリックして見学しましょう。

子宮内にある双児の模型や、ホルマリン漬けになった受精してから1週間毎の胎児、同じくホルマリン漬けの奇形児を見た。だんだん恐ろしくなってきて、とにかく、さすがの私も怖くて写真に撮れなかった。撮れば良かったのかなあ。ホルマリン漬けに同意した母親の気持ちを察すれば、記録し公表するほうが意に則している。

細密美術博物館
 下の写真をクリックすると入館できます。

(上:細密美術に関する展示はなくて、とある写真家の写真展だった)

14:40 イラン航空のオフィス
・ 明日19:10発、
 シラーズ行きチケット購入
・ 帰りの飛行機の再確認完了
・ 嬉しい

(右上: イラン航空のオフィスの前から、国立?図書館を望む。私の宿は、図書館がある大きな通りを渡って左、50メートル。)

15:00 宿に戻る
15:20 再出発

(右下: アイスクリーム購入。1000リアル。そしたら、そこのお兄ちゃんが、公衆電話で電話している女学生を見ろ見ろと言う。何かと思ったら、「可愛いだろう! 可愛いだろう!」と盛んにはにかんだ。私のような外国人にしか、正直な気持ちを表現できないのは、若者にとっては辛いことだろう、とムスリムの厳しさを痛感した。女性にとっても同じことだろう。)

ゾロアスター教の神殿へ
 タクシーに乗ろうとするが、料金を吹っ掛けてくるので折り合いがつかない。時間はあるので、公共バスにする。バス乗り場にある乗車券売り場で2000リアル(24円)札を出したら、8枚もらえた。計算すると、1回3円になる。恐ろしいほど安い。


(右:バスチケット)

ゾロアスター教の神殿
 
正確な時間は忘れてしまったが、日没5分前に到着した。登り口が分からないので、幹線道路に面していることころから無理矢理登った。途中、山の中腹で日没を見ていたイラン人に「転落するから、降りろ!」と何回も注意されたけれど、笑顔で「大丈夫、大丈夫!」と言いながら登頂した。下の写真のほぼ正面を直線で登った。頑張った。

(上:幹線道路の中央緩衝帯から望むゾロアスター教の神殿)
・ 「ねっ、登り口は見つからないでしょっ。」


(上:太陽が沈んだ。山頂にある神殿から写す。)


(上:かつては、この塔の中心に24時間火が燃やされていたらしい。)


(上:反対側から見た。)

17:40 エスファハン市内に戻ってくる
・ 空は真っ暗
・ 川まで歩く(砂漠地帯の川を見なくちゃね)
・ 橋の下の店で食事

(上:川)


(上:巨大な噴水がイルミネーションで色付けれ、とっても綺麗。1人では寂しいです。)

18:10 夕食
・ 橋下のチャイハネの雰囲気がとても良い
・ チャイを注文した 2000リアル

(上:黄色い砂糖も注文した。甘過ぎない甘さが美味しい。2000リアル。)

・ チャイと水タバコしかないと思っていたら、食事している人がいる
・ 「自分も食べよう!」と思い、注文する。15000リアル

(上右:食べ方が分からないよー、と言ったら店長が教えてくれた。)
・ 要は「すり潰して食べる」と言うことだ。

・ 私が食べている間、 店長と店員達が私のガイドブックを熱心に見ていた
・ 店員の1人が写真に載っていた


(上:すり潰す前の食べかけです。失礼しています。)


(上:食後の記念撮影。)

20:00 宿に帰る
 インスタント珈琲は買えなかった。
 店で買うときには、「ネスカフェ」の方が通じる。
 ↓
 バスタオルを借りてからシャワー
 ↓
 チャイを頼んだら、ポットが2つ来た
 ↓
 嬉しい

21:00 消灯

 ある若者は、サウジアラビアを嫌っていた。石油で金を儲けて、全然働かないからだ。

 モスクでも、町中でも祈っている人々の姿を見たことがない。よくよく振り返れば、まだ1度も見ていない。いや1回見た。彼は、立ったまま両手を差し出し、顔を拭くような動作をしていた。それだけだ。イランは、今まで訪問したイスラム教徒とは違う。コーランも流れない。

続きをどうぞ!

私の日記 12月30日

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