クロッキー F 美術館

第4章 Fのクロッキー技法
hiro. F の手法
    ─魅力的なクロッキーを描くために─

 この美術館コレクションの主要な作家であるhiro.F の手法を紹介します。この手法は、写真のように正確にモデルを書き写す「デッサン」とは違います。モデルのプロポーションを数値で比較したり、言語で批評したりすることを目的としない「クロッキー」の手法です。

 この手法によるクロッキーの目的は、完成された『魅力的な作品』を作ることです。タブローのためのスケッチ、練習、トレーニングではありません。1枚のクロッキーを描く時間は60秒〜30分程度と短いものですが、本当に魅力ある作品を描けるようになるめには長年の努力が必要です。

1 モデル(モチーフ)を選ぶ
 心身ともに健康なモデルを選びます。裸体なら何でも良い、のではありません。モデルとあなたは、お互いに照らし合う太陽であると同時に、写し合う鏡です。完璧を求める必要はありませんが、心身が健康でなければ病んだ作品になります。なお、年齢や性別は関係ありません。


クロッキーF美術館コレクション
vol.2007 june 23
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クロッキーF美術館コレクション
vol.2005 i 7 に関する資料(写真)

クロッキーと瞑想(めいそう)
 クロッキーと仏教の瞑想を比較してみましょう。一般に、瞑想は「無常むじょう」や「空くう」など形而上けいじじょうのものを対象とするので、集中力の持続が大変です。一方、クロッキーは「肉体をもった人間」を対象とするので、高いレベルの集中力を持続することが容易ですが、生きたモデルは多様なエネルギーを発散するので、惑わされないようにする訓練が必要です。クロッキーの現場では、モデルと描き手がその会場と一体になって変化するので、作家は、瞑想とは違う種類の高い自己コントロール能力が要求されます。

 さらに脱線して話を続けますと、hiro.F の手法は、仏教の瞑想のための練習プログラムに組み込むことができるでしょう。裸体の人間は、仏教の瞑想のモチーフとして不適切かもしれません。しかし、クロッキーの世界は、止まることがない人間の感覚が渦巻く世界(仏教では「無常なる色しきの世界」)です。この渾沌とした世界から、自己コントロールによって、未だ誰もみたことない魅力的なエネルギーを発散する作品を作ることは、高度な瞑想のための訓練になると思います。

2 心を静かにし、集中力を高める ─準備段階─
 すべての雑念をふり払います。鉛筆を削ったり、自由な線を紙にひいたりします。そして、道具と手と意識と無意識が一体になるようにして下さい。そのためには、少なくとも5分間は必要でしょう。これができたら、準備段階の完了です。

 日常と同じ状態では、魅力的なクロッキーは描けません。スポーツをする前の準備運動と同じように、道具、手の動き、心の準備を入念に行なって下さい。準備がよく整っていれば、次に述べる諸段階を短時間でクリヤーし、すばやく高度なクロッキーの世界に没入できます。

関連する別ページ
(1) 
準備するもの
(2) 
画材を感じる

3 画面を見ずに、モデルだけを見て描く ─第1段階─
 「モデルだけを見て描く」手法は、エドワードが著書『脳の右側で描け』で紹介しています。彼は、眼球の動きをコントロールして「自分の手の動きと同じ速さで眼球が動くよう」にすることも書いています。私は20年前にこのトレーニングをしましたが、目をゆっくり一定の速さで動かすことに大きな抵抗を感じました(約20時間トレーニングしました)。現在では、画面を見ずに描くこと、眼球と手の動きを一致させることは重要だと思いますが、動かす速さを一定にする必要はないと思います。つまり、あなたの興味の強さによって速さを変えるのです。興味あるところはゆっくりと、興味ないところは素早く動かします。これによって、自然に線そのものに表情が生まれます。

 眼球のコントロールは、生物学的には中脳のコントロールです。この操作できたら、筋肉を動かしたり意識を生み出したりする部分、および、脳全体のコントロールまで拡大します。きょろきょろと徒いたずらに眼を動かず、手が描くために必要な時間だけ集中して観察し続けて下さい。このレベルに到達すると、あなたが描き終えた画面には、見たことがない面白い形や線が残されています。正確なデッサンとはかけ離れていますが、あなたが興味を持ったところが大きく細密に描かれているはずです。

観察したものを画面に記録するためのポイント
・線の速さも変えてみよう。
・線の強さも変えてみよう。
・バランスは全く考えなくて良い。
・画面からはみ出しても気にしない。
・少なくとも60秒は、画面を見ないようにしよう。
・関連するページ『
ライン(線)
・一般の人々が想像する「裸の女(男)の人」ではなく、表面や肉体を通り抜けた「ヒトが持つ宇宙」を見透すように描きましょう。

 私は、どうしてもクロッキーモードに入らない時、今でも『画面を見ずに描く』作業に戻ります。画面を見ると「よい作品を描きたい」「過去の作品はこうだった」などの欲望や雑念が生まれるから、それを防ぎたいからです。クロッキーの第1段階は、モデル全体をよく観察することです。

4 興味あるものだけを感じたままに観る ─第2段階─
 次は、さらに自分の興味の中心だけに焦点を絞って観察します。「魅力がない」と感じた部分は見ないように(描かないように)し、観たいところだけを満足するまで描きます。ここでも、第1段階『見たままに手が動いていること』を確認し、できるだけ手許を見ないようにして下さい。重要なのは、自分の感性に全てを任せて魅力あるものを観たいだけ観ることです。描くことではありません。眼球を逸らさないようにすること、逃げないようにすることが重要だと思います。

 もし、自分が描きたいこと全てを平面上に固定できたと感じたら、すぐさま観察対象を次に移して下さい。そして、次の観察対象に対して、同じ作業を行ないます。これを繰り返して満足したら、初めて画面を見ます。まだ描き足らないと感じることを探し、その部分をさらに細密に観察しながら、描き込んで下さい。ただし、この時もできるだけ画面を見ないようにします。大切なのは、どれだけ見れば、どれだけの量が描けるか、どれだけ細密になるかを掴むことです。まだまだ観察重視の段階ですが、あなたが画面に描いたものに十分満足することが要求されます。

観察のアドバイス
・興味がないなら、飛ばしてしまえ!
・見飽きるまで観察したまえ。
・近寄ったときの変化を想像しよう。
・触った時の感触を感じる。
・匂いを感じてみる。
・体温を感じてみる。
・モデルが歌い始めたときのことを想像しよう。
・モデルを踊らせたり眠らせたりしてみよう。
・モデルの中に自分を映し出せ!

5 時々、画面を見ながら描く ─第3段階─
 興味あるものを観たままに描けるようになったら、次は、それを効果的に配置する第3段階へ入ります。この段階によって、画面は緊張感を高めていきます。

魅力を高める方法
(1)画面全体からみて、モチーフを適切な位置におく
(2)補助的なものを適切に配置する
(3)説明的なもので、少しだけ説明する

 この作業は、主に理性的な心が働きます。これは、第1、第2段階とは反対の働きです。この段階への移行を焦ると、これまでの準備が台なしになってしまうので、意識を静かにコントロールして下さい。理論的に考え過ぎたり、「良い絵にしよう」と力んだりすると、絵が死んでしまいます。

 まず、あなたの意識の中に2人の自分を生み出して下さい。その2人とは、無意識レベルで観察したり手を動かしているあなた自身(第2段階)と、意識的に画面を構成しようとするもう1人のあなた自身(第3段階)です。そして、これらの相反する2人のバランスを取りならが、モデルを観察し画面に定着させます。このバランス・コントロールが最重要課題です。

 もちろん、この2人をコントロールするのもあなたですから、合計の3人の自分がいることになります。もし、理論的なあなたが出しゃばり過ぎていたら、描く手を休めたり、第2段階で出現させた無意識のあなたを活動させて下さい。これをコントロールするのが、3人目のあなた(感性のまま無意識に観察する自分と、理性によって画面を構成しようとする自分をコントロールするあなた)です。

6 画面を見る時間を少しずつ長くする ─第4段階─
 この段階では、あなた以外の人が描いているような感覚に襲われます。画面全体を蠢(うごめ)くように構成されていくことに驚くことでしょう。これは、第3段階で説明した3人あなたが混然一体となり、新しいクロッキーモードの新しい1つのあなたが出現したと同時に、もう1人(初めから数えると4人目)のあなたが出現したからです。この4人目のあなたは、クロッキーモードのあなたを冷静に観察し、「おお、神が降りてきた!」と驚きます。ただし、この状態を驚いているだけではいけません。4人目の自分を使って、融合して1つになった自分を維持しなければなりません。ここでも、同じように2人の自分をコントロールすることが大切です。

7 クロッキーの完成
 クロッキーの時間が2分、5分のように設定されている場合は、タイマーの合図とともに終了です。この時間はあなたの外側で決めれていることですが、完全なクロッキーモードに入っている場合、設定された時間が無意識の中で刻まれます。私の経験からすると、2分〜5分のクロッキーなら誤差5秒(数%)以内です。これには十分な訓練が必要ですが、時間の感覚を失って描いていても、外部に刻まれる時間の終了と同時に、自分の観察も終了します。

 写真右:ポーズを終えたモデルがタイマーを押すところ。私は、その数秒前に描き終え、鉛筆をカメラに持ち替えて撮影した(クロッキーF美術館コレクション 2007 july 25 より)。この作業は、30回以上繰り替えされたが、いずれも誤差5秒以内だった。

 もし、時間になっても描き足らないと感じるなら、2秒程度なら線を加えても画面を壊すことはありません。しかし、それ以上の行為は危険です。現在の私のレベルでは不可能です。

 描き終えた画面を見ると、今まで誰も見たことがない魅力的な宇宙空間が定着しているでしょう。それは、モデルが放つエネルギーが揺れ動きながら画面に定着したようです。これはデッサンとかけ離れた形態をしていることもあるし、とても近いこともあります。大切なのは画面がもつ魅力、エネルギーの大きさです。正確さではありません。

 また、目前のイメージと画面のイメージは完全に一致することはないことも知っておきましょう。さもないと1枚の絵は終結しません。

 さらにまた、モデルのエネルギーをあなたが受け取れなくなったとき、変換できなくなったとき、あるいは、その逆になったとき、潔く筆を置いて下さい。もしかしたら、第1段階からやり直す必要があるかも知れません。

note
(1)理論を意識している自分が消滅し、無意識に理論を感じる自分が出現した、と考えても良い。

(2)冷静なもう1人の自分がいて、他者が描いているような感覚を味わいます。この状態のときは、対象を画面を無意識のうちに交互の見ながら描き進め、興味が尽きることがありません。時間を忘れ、画面の中に、これまでに見たことがない世界が、あなた自身の手から生まれてくることに感動し、その連続に対して再び感動を味わうという無限の連鎖状態に入ります。この状態を保つことは簡単ではありませんが、失敗することは簡単です。守りに入ってしまったり、上手く見せようとしたり、過去に見たことがあるイメージと重ねてしまうと大失敗です。この状態が途切れてしまったのにも関わらず、無理に描こうとすると1本の線で、画面全体を台無しにしてしまいます。私も、たくさんの作品をダメにしてきました。

(3)巨大なエネルギーが画面に定着し始めている。それは、ヒトの心を捉えて離さないという点において、ウィルスのような物質、あるいは生命体ともいえる。

(4)力のあるクロッキーは、大量のエネルギーを放出している。作家が描く時には、1本の線でも十分なエネルギーを発散させているが、複数の絡み合った線や複雑な構図、あるいは、巨大な画面によって、より大きなエネルギーを発散させることができる。しかし、サイズについては、私たちが人間である以上、人間としてのサイズを超える必要はない。


瞑想(meditation)

瞑想状態における2人の自分
 集中している自分Aと、それ(集中している自分)を冷静に観察している自分B、これら2人の自分が同時に存在している。

 私がクロッキーモードに入ったときの、AとBを考えてみよう。Aは、完全に時間や空間や目的を失っているが、Bをコントロールしている。否、コントロールしているというより、さまざまな意識を失っている状態を持続させようと努力しているといったほうが適切であろう。また、Bは、この状態がいつ終わってしまうだろうかと心配しているが、それは、客観的に観察している自分がそうさせているのだから、心配することこそが、瞑想状態に入っている証拠となる。

瞑想分類(方法による)

(1)肯定法
 あるイメージを心に描き、そのイメージを自分の心を融合させること。自分が信じる神を、自分の心の中にありありと思い浮かべること。究極の知恵と自分が一体化するように集中すること。
(2)消去法
 究極の存在を出現させるために、それ以外のイメージを消すこと。

  瞑想状態には、瞬間に入ることができるし、入るまでの時間も訓練によって短縮できる。

瞑想の段階

第1段階:止(シャマタ)
 ある1つのテーマに集中するために、テーマ以外の心の動きをめること。
(1)現在だけに集中する
  → 自分の呼吸だけを意識する(生きている、無常な自分の認識)
(2)過去の記憶の消去
(3)未来の希望、不安の消去
第2段階:観(ヴィパシャナー)
 あるテーマを多角的に察、分析、洞察すること。
第3段階:止観の持続
 2つの相反する心の作用、(静止して集中する)と(動いて観察する)をバランスと保つこと。

瞑想状態に似ているもの
・くしゃみ、性的エクスタシー、失神

瞑想と相反するもの
・空想、妄想

瞑想の目的
・物事を深く理解する


おわりに

 以上の手法と考察は、私の18年にわたるクロッキーの現状報告です。これらは途中経過なので、これから先いくつかの段階を経てより高いレベルに到達すると思います。2007年は12月になってから、仏教の瞑想との関係を考察しながらクロッキーを行ないました。しかし、瞑想を意識してからのクロッキー実践は2回であり、全くできていないのが現状です。さらにまた、基礎的な技術が不足していることも事実です。

 これを読んで頂いた方のご意見やご批評を頂き、これからも精進したいと思います。

 それでは皆様もよいお年をお迎え下さい。

2007年12月31日
名古屋のアトリエにて
hiro. F

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