このページは、Mr.Taka による中学校理科の授業記録です。

  理科はどこへ行くのか?

2005年(平成17年)晩夏

1 中学校理科の目標の変遷
 私が中学生として教育を受けた30年前の理科は、本当にすばらしい教育目標を持っていました。表1を見て下さい。当時から現在に至るまでの学習指導要領の目標を一覧にしました。30年前の要領は昭和44年度、新しいものは平成10年度改定(7年前)になります。表1は比較しやすくするため、1:読点ごとに改行し、2:「科学的」という語句を赤色に、2:「科学的」より科学に迫る語句「科学」「独創的」「統合的」「統一的」「考察」を太字にしました。

表1 学習指導要領にある中学校理科の目標

改定年度

目 標
昭和44年 自然の事物・現象への関心を高め、
それを科学的に探究させることによって、
科学的に考察し処理する能力と態度を養うとともに、
自然と人間生活との関係を認識させる。

このため、
1 自然の事物・現象の中に問題を見いだし、
  それを探究する過程を通して科学の方法を習得させ、
  創造的な能カを育てる。

2 基本的な科学概念を理解させ、
  自然のしくみや,はたらきを総合的,統一的に考察する能力を養う。

3 自然の事物・現象に対する科学的な見方や考え方を養い、
  科学的な自然観を育てる。
昭和52年 ===
観察,実験などを通して、
自然を調べる能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め、
自然と人間とのかかわりについて認識させる
平成元年 自然に対する関心を高め、
観察、実験などを行い、
科学的に調べる能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め、
科学的な見方や考え方を養う。。
平成10年 自然に対する関心を高め、
目的意識をもって観察,実験などを行い、
科学的に調べる能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め、
科学的な見方や考え方を養う。

2 4つの時代の比較
 この4つを比較すると、昭和44年度改定のもの並外れて高いことがわかります。とくに「科学の方法を修得させ、創造的な能力を育てる。」という目標には驚きます。自然科学の学位論文を書けるレベルを目標にしています。私は遠い昔、この目標のもとに勉強させていただいたのですから非常に幸運です。

 昭和52年度になると、科学が消え、「観察、実験などを通して、自然と人間のかかわりを認識させる」ことが目標になりました。ここに書かれた目標から判断する限り、理科は科学と無縁なものになりました。ただ単に、自然を対象とする観察、実験を行い、自然と人間のかかわりについて認識するだけになりました。

 平成1年度になると科学が復活しました。科学的に調べる能力と態度や科学的な見方や考え方、という表現あります。しかし、科学ではなく「科学的」という表現にとどまっていることには注意が必要です。私の考えではなく、私的な考えになってしまったのです。

 平成10年度は前回とほとんど変わりません。わずかに「自然に対する関心を高め、目的意識をもって」という語句が追加されただけです。しかし、目標が増えたのにもかかわらず、授業時間数が315〜350時間から290時間へ削減されました。8〜17%も削減されたのです。常識がある人なら、この目標が「でらため」であることはすぐに簡単に推測できます。時間確保の問題にについては、「学習内容を削減したから良いじゃないか!」と反論される人もいらっしゃいますが、その反論に対する私の反論はここではしません。私の授業記録10箇所以上に反論理由が述べられているので、後日まとめてみます。また、義務教育における理科の時間を表2に示します。理科という教科がなくなってしまいそうで心配です。

表2 義務教育における理科の配当時間

昭和43〜45年度 1048時間
昭和52年度 980時間
平成元年度 735〜770時間
平成10年度 640時間

3 今の理科の目標レベル
 次に、昭和43〜45年度の小学校〜高等学校と、それらから約40年後の高等学校の目標を比較します。表1と同じように整理した表3を見ると、たった40年のうちに信じられないほど目標レベルが低下したことが明確に分かります。

表3 現行と40年前の学習指導要領の理科の目標

学 校
改定年度

目 標
高等学校
昭和45年度改定
自然の事物・現象への関心を高め、
それを科学的に探究させることによって
科学的に考察し処理する能力と態度を養うとともに、
自然と人間生活との関係を認識させる。

このため、
1 自然の事物・現象の中に問題を見いだし、
  それを探究する過程を通して科学の方法を習得させ、
  創造的な能カを育てる。

2 自然の事物・現象に関する基本的な科学概念や原理・法則を系統的に理解させ、
  これらを活用する能力を伸ばし、
  自然のしくみやはたらきを分析的ならびに総合的に考察する能力と態度を養う。

3 科学的な自然観を育て、
  また、
  自然科学が人類の福祉の向上に役だつことを認識させる。
中学校
昭和44年度改定
(高等学校と同じ)

このため、
1 (高等学校と同じ)

2 基本的な科学概念を理解させ、
  自然のしくみや,はたらきを総合的,統一的に考察する能力を養う。

3 自然の事物・現象に対する科学的な見方や考え方を養い、
  科学的な自然観を育てる。

小学校
昭和43年度改定
自然に親しみ、
自然の事物・現象を観察,実験などによって、
論理的,客観的にとらえ、
自然の認識を深めるとともに、
科学的な能力と態度を育てる。

このため、
1 生物と生命現象の理解を深め、
  生命を尊重する態度を養う。

2 自然の事物・現象を互いに関連づけて考察し、
  物質の性質とその変化に伴う現象やはたらきを理解させる。

3 自然の事物・現象についての原因・結果の関係的な見方,考え力や定性的,定量的な処理の能力を育てるとともに、
  自然を一体として考察する態度を養う。

高等学校
平成10年度改定
自然に対する関心や探究心を高め、
観察,実験などを行い、
科学的に探究する能力と態度を育てるとともに自然の事物・現象についての理解を深め、
科学的な自然観を育成する。

 昭和43年度改定の中学校と現在(平成10年度改定)の高等学校の目標を比べて下さい。高等学校は、完全に中学校以下です。小学校と比較しても大差ありません。昭和42年度改定の小学校の目標「科学的な能力と態度を育てるため、自然の事物・現象を互いに関連づけて考察し、自然を一体として考察する態度を養う。」と平成10年度改定の高等学校の目標「科学的に探究する能力と態度を育て、科学的な自然観を育成する」は互角の勝負です。

 最近、理科離れという言葉が流行していますが、原因はここにあります。40年前の小学生と現在の高校生が同じ土俵で勉強しているのです。高校生があまりに可哀想です。学習に限らず、どんな活動においても目標を下げたものから人々が離れていくのは当然です。大川麻里子氏は山口晃弘氏らとの座談会(理科離れしているのは誰か、日本評論社、2004年)で「理科離れというよりも知識離れ、知力離れということでしょうか。」と意見の一致をみています。

4 これからの理科の目標
 目標は時代とともに上げたり下げるものではなく、時代とともに進化するものです。つまり、時代の変化と新しい発見に対応して積極的に変えていくものです。ただし、義務教育を終える中等教育で忘れてはならない目標は、その時代に生きる社会人としての常識、新聞が読める程度の力をつけることです。以下に、私が考える2005年(平成17年)の常識、義務教育を終えるまでに獲得しなけばならないと思うものを列挙します。

中学生理科の目標として検討するべきもの
1 原子力発電と放射能汚染を説明するための原子構造(化学)
2 公害や異常気象など人的影響による生態系の変化(生物学+地球科学)
3 遺伝子操作、ヒトゲノム、DNA鑑定を理解するための基礎知識(生物学+化学)
4 ダイエット、健康食品や医療など人体に関する基礎知識(生物学)

 1番の原子構造は中学生レベルで深入りすることはできませんが、具体的な核分裂や核融合(太陽が何故燃えているか?)について、元素レベルのイメージを持たせることは可能です。私のカリキュラム案化学変化、および、物質と化学式の終了後なら、数時間で理解できるでしょう。

 2番の環境や生態系については理科で扱わなければなりません。決して、総合的な学習の時間で扱うようなレベルではありません。理科の教員免許を持った先生が、総合的にカリキュラムを編成して授業を展開しなければならない問題です。しかし、実際問題としては、理科の先生でも無理です。4時間完了のカリキュラムを作るために1週間(40時間)確保してもらえるなら可能性はあります。それほど生態系の問題は複雑で、毎年のように変化するのです。年間を通したカリキュラムを創作することは、恵まれた環境(例:汚れた河川が近くにある。大量のカラスがゴミをあさる。)と先生個人の優れた能力が必要です。全国にはすばらしい実践例がたくさんありますが、私は古典的な理科の学習で精一杯です。恥ずかしい話ですが、私の実践記録生態系は基礎知識の習得に終わっています。

 3番にあげたような生物学の問題はこれから数10年間、人類にとってもっとも重要で解決しなければならない問題になるでしょう。この他にも、試験管ベイビー、クローン人間、個人のDNA情報管理、脳死問題などは理科の範囲を超えて、宗教、哲学、法律などさまざまな社会科学と一緒に解決しなければなりません。理科においては、私のカリキュラム案細胞分裂、遺伝で資料として示した染色体や遺伝子のページを参考に、新しい授業を展開して下さい。私も授業するチャンスがあれば、積極的に実践・研究したいと思います。現場の先生で頑張りましょう。

5 時間割りに医学と心理学を
 私からの提案です。中学校の教育課程(カリキュラム)に医学と心理学を新設しましょう。4番にとりあげた問題、つまり、食品やタバコ・薬物などの関して正しい知識をもっている人は非常に少なく、無知であるが故に危険な状態に陥る人があとをたちません。中学校の授業で、きちんとしたカリキュラムにしたがって学習するために医学を新設してはどうでしょうか。私のカリキュラム案人体・動物、生態系では人体の学習だけで14時間使っています。中学生にとって、体はとても興味あることなので、一歩進めて医学の授業はどうでしょう。将来、医療関係の仕事を目指す人にとっても嬉しいのではないでしょうか。高等学校でも必須科目とします。そうすれば、人の命にかかわる社会問題に明るい展望が見えてくるはずです。分からないだろうといって閉鎖するのではなく、広く一般に教育のチャンスを解放するのです。

 また、理科の範疇には入りませんが、中学校の時間割りに心理学を取り入れることを提案します。1年生は無理かもしれませんが、2、3年生なら大丈夫です。医学で人体を物理的な側面から調べ、心理学で精神的な側面から学習するのです。そもそも、すべての先生は教育心理学の単位をもっていますし、その他に、児童心理学や青年心理学などを取得している先生もたくさんいるでしょう。心理学という学問は、基本的な考えがしっかり体系化されているので授業で指導することは難しくありません。むしろ悩み多い中学生にとって、楽しみな授業の1つになる予感がします。答えを押し付けることしかできない先生にとっては大変だと思いますが、、、。

6 これからの中学校理科
 理科=自然科学として、はっきり位置づけます。そして、理科の分野を次の6つに分類します。

1 物理学
2 化 学
3 生 物
4 地 学(天文学を含む)
5 医学、心理学

 「えっ、こんなにたくさん1人の先生じゃ無理。」と思いますが、1〜4はこれまでと同じです。5が追加されただけです。内容が追加されたのですから、年間授業時間も追加されるので心配はいりません。ゆっくりやりましょう。週2〜3時間から週3〜4時間になるのです。学校の先生を思い出して下さい。週1時間の技術家庭科や音楽の先生は1時間欠けると本当に困っていますし、週4時間の国語や数学の先生は進度の調節しやすいようです。

 私は週4時間、同じ生徒と向き合いたいです。そして、理科という教科の中で、物・化・生・地、さらに、医学と心理学をリンクさせた授業を展開したいです。いわゆる自然科学と現実に生きている自分の肉体と心を融合させた、新しい理科の誕生です。これは、人間(医学、心理学)を自然の一部として捉えることによって可能になります。

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