南米の旅 1996

コチャバンバ周辺の祭
   

1 私の日記
 8月15日 (キラコージョの祭)
 8月16日 (カルベリオの祭)
2 祭りの写真


(上:キラコージョの祭り)


(上:カルベリオの祭り)

3 率直なアドバイス


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私の日記
15日(キラコージョの祭)
 
 コチャバンバ市立博物館
 「街で朝食がしたい。」
うろうろ歩き回ったが、結局ホテルの食堂に戻ってきた。しかし、何と無料。その後、美術館へ行く。
 そこにあるボリビアの地勢図、現存するインディオの居住区、網かごの中のミイラは見ごたえがあった。しかし、ちょっと数が少ない。

 キラコージョの祭
 12:00。バスに乗って、キラコージョに向かう。
  (昨日バスの中で分かったことだが、コチャバンバでの祭は無い。
   祭は、そこから13キロ離れたキラコージョやっている。)

 すでに、祭は始まっていた。自由席がたまらなく嬉しい。写真も、どこからでも撮り放題って感じ。正面からでもバシバシ撮れる。
ただ、やっぱりなんだけど、『脚ねらい』は女性から
「変態。」
という目で見られる。
「彼女たちだって見せようとしているのになあ。」<写真>

 ちょっと酔っ払い
 15:00。近くの公園で、1時間のシエスタ(昼寝)。
「ビールが効いたのかなあ。」
 16:30。撮影再開。しかし陽が陰ってきて、
「もっと撮っておけばよかった。フラッシュを焚いて頑張ろう。」
 20:00。若い男たちがお気に入りの女の子を探しては、踊りの列の中に飛び込み、一緒に写真を撮っている。私も美女に挟まれて、記念撮影をしたかったけど、カメラを持ってくれる人を探せれなくて、非常に残念だった。
「でも、あの娘はゲット。」<写真>
 22:00。ダンスもほとんど終わって、私もコチャバンバの街に帰ってきた。今は、駅前の屋台で夕食。
「元気のある店はとても良い。」
 23:00。寝る。


16日(カルベリオの祭)
  → 写真集カルベリオの祭

コチャバンバは街中閉店
 8:00。ホテルで朝食をとる。部屋のなかで日記を書いたり、これからのスケジュールをゆっくりとたてた。
 10:00。サンタクルス、サンパウロ間の航空券が買うために、コチャバンバ街の散歩に出かけた。しかし、昨日下見をしておいた旅行代理店だけでなく、他の店も閉まっている。小さな雑貨店のシャッターまで閉まっている。
「金曜日なのに、おかしい。」
私は、
「街中が休んでキラコージョのお祭りに行っているんだ。」
と勝手に解釈をした。

 がっちょーん
 11:30。ミニバスに乗ってキラコージョへ行く。
「あれっ。」
街中が静かすぎる。
「お祭りをやってんじゃないの?」
道という道に垂れ下がっているチラシや祭りの横断幕を見た。不得意なスペイン語を、一生懸命に読む。
「がっちょーん。」
なぜか今日の日付だけ抜けている。頭の中は、
「真っ白。」
一体、人々は何処に行ってしまったのか?

 金になる石
 しかし、私は負けない。
「何処かでやっていないか。」
「何かをやっているはずだ。」
と尋ね回っているうちに、ついに情報を手に入れた。ここから、バスで10分のカルベリオという場所で、石採りをやっているそうだ。
 歩き始めると、タクシーを拾おうとしている母子がいたので便乗させてもらった。幸運なことに、母親は英語を話した。タクシーの中で、彼女は鞄の中からビニール袋を取り出し、その中の石を見せた。そして、
「毎年、人々はカルベリオの山まで石を採りに行き、その年に採った石の分だけ金が手に入ると信じている。」
と教えてくれた。
「もし、私がその事を信じるなら、そこの山の石を貰ってくると良い。」
と話した。

 山じゅうが鳴っている
 カルベリオ山に近づくにつれ、バス、自家用車でいっぱいになってきた。ついに、私達のタクシーも、歩いている人々にどんどん抜かされるようになった。私は、親切な母子にタクシー代を渡し、一足先に降りた。
「うーん。すごい砂ぼこりだけど、いい感じになってきた。」
カメラを片手に、どんどん歩く。途中で買ったシャーペットも美味い。空は快晴。山が近づいてきた。遠くに見える大きな池に、カルベリオ山と、雲と空が映る。
「美しい。」
そして、
「おお、山が鳴っている。山じゅうが鳴っている。」
小さなカルベリオ山は人々に覆い尽くされ、ある者は教会を目指し、ある者ハンマーで岩を砕き、また、ある者はブラスバンドに合わせて踊っている。
 今や、天をゆるがすカルベリオ山は、天国と現世を同時に具現していた。

 豊作の踊り
 山の中腹左手に教会が見えたので、私は逆から登ることにした。
「カーン。カーン。」
「カン、カン、カン。」
正面の人集りが山の斜面を削っている。
「あんなにハンマーを打ち下ろしては2、3年で山はなくなってしまう。」
小さなカルベリオ山が可愛そうだった。
 私はぐんぐん進んだ。近づくと、いたる所で人々が踊っている。ブラスバンドもいる。よくよく見るとブラスバンド隊もいっぱいいる。
「ら、ら、ら、ら、らん。」
私は全然違うメロディーを口づさみ、小躍りしてしまった。
 彼らは小さく区切られた畑に苗木を植え、そこに酒やビールをかけては踊っている。私は何枚も写真を撮った。

 何とうまいチチャ
 お腹が減ってきたので、昼食の場所を探し始めた。
 テントシートでできた店を一軒一軒覗きながら、美味しそうな料理を探す。すると、インカトレッキングの途中で飲んだ、あのチチャを売っている。
「飲むぞー。」
蓋のついたバケツの中に、薄茶色の豆から作った自家製酒チチャが入っている。
「これ一杯。」
私が頼むと、やしの実をくり抜いて作ったコップに、なみなみと注がれた。途中で、
「もうそれぐらいでいい。」
と叫んだが日本語は通じない。私はうまい酒を残したくなかったので、隣の地元の人達と喋りながら、全部飲んでしまった。
 すきっ腹に良く効いた。

 時を忘れて
 昼ご飯を食べ、ゆっくりと歩き始めた。

 弁当を頬ばる家族づれ。
 親戚一同を前にして饒舌に喋りつづけるける老婆。
 赤ん坊に母乳を与える若い母親。
 一心不乱に金になる石をハンマーで打ち採ろうとする者。

 これらが酒を飲み、ブラスバンドに合わせて踊る人々の歓声の中に解け合って、私は夢遊病者のようにカメラのシャッターを押した。

 スクレ行き夜行バス
 16:00。十分に満足した私はコチャバンバに戻った。もう日本に帰ることを考えていた私は、長距離バスターミナルに行き、スクレ行きのチケットを買った。

 20:00発の夜行バスに乗った。

日記のつづき17日(スクレからのトラック)をご覧ください。


率直なアドバイス
(1) キラコウジョの祭りをお薦めします。

(2) 宿はコチャバンバで探した方が良いでしょう。
・ 料金、質共に期待できます。
・ ただし、お祭り料金で2倍近くか、それ以上になる。
・ キラコウジョ⇔コチャバンバミニバスは、深夜でも数え切れないほどあります。
・キラコウジョでは小さな宿でもの数日前の予約が必要。
 
(3) 詳細は私の日記を読んでください。

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